君は知っているか。
美しく可愛く献身的な少女達からなるメイド達。
そして彼女らのご主人様となるオターク族。
その2種類の住人しか存在しない夢の中の世界を。
ある者は、桃源郷と呼び。
またある者は、狡猾なる悪魔の誘惑に満ちた監獄と呼ぶ。
それは、どこにも存在しないナルランド。
住人達がボックスマン・スーフィーアと呼ぶ世界。
そして、悪魔と取引したたった一人の男によって生み出された世界。
前回のあらすじ §
メイは、鉄鎖の屋敷で働き始めた。
そこには、年配のベテランメイド、ノノ・ロイーズが既にいた。
メイは彼女の下でメイド仕事を始めたが、ある日屋敷に来客があった……。
第13話より続く...
第14話『お客様を連中呼ばわりする年配メイドに戸惑うメイ』 §
ああ、どうしよう。
玄関の呼び鈴が鳴ったとき、ノノ・ロイーズよりもメイの方がずっと玄関に近い場所にいた。しかし、はたして的確に来客に対応できるだろうかと迷った一瞬の間に、ノノ・ロイーズは玄関のドアを開いていた。
「どちら様でございましょうか」
外にいたのは、数人のボックスマンの集団だった。箱を頭にかぶった彼らは、みな、開いたドアの隙間から中を伺っていた。
「こちらは鉄鎖さんのお屋敷と伺ってきましたが」とボックスマンの一人が言った。
「左様でございます」とノノ・ロイーズは柔らかい物腰で答えた。
メイは、ノノ・ロイーズの態度に感心した。まさにメイドの理想。来客を迎える理想的な態度だ。けして自分は前に出ず、来客のあらゆる望みに最大限に答えるのだ。
「鉄鎖さんは、最近、レアなメイド服を手に入れたと聞きまして。玄関に飾られているそうですが……」ボックスマンの一人がそう言いながら、玄関から更に奥をのぞき込もうと身を乗り出した。
その瞬間、ノノ・ロイーズはメイの思いも寄らない行動に出た。いや、正確に言えば、当然メイドが取るべき態度をノノ・ロイーズは取らなかった。つまり、身を乗り出したご主人様の邪魔にならないように、すっと体を引くのがメイドの当然の態度であるはずなのに、ノノ・ロイーズはその場に立ったままだったのだ。むしろ、客の行動を妨害しようとしていると言った方が良いぐらいだ。
そして、ノノ・ロイーズは言った。「メイド服の見学でしたら、こちらではそのようなサービスは行っておりません。お引き取り願います」
ボックスマン達は互いに顔を見合わせた。
メイはサッと緊張した。
次に起こるのは、礼儀を守らないメイドへの叱責だろうか。あるいはもっと過激に懲罰だろうか。もちろん、ノノ・ロイーズのご主人様である鉄鎖に無断で大それたことはできない。しかし、軽い叱責や懲罰であれば、ボックスマンにはその権利がある。
咄嗟に、メイはノノ・ロイーズが叩かれると思った。
しかし、そうではなかった。
ボックスマン達は、恥ずかしげに口の中で何かをもごもごと言い、何もせず立ち去っていった。
メイは思い切ってノノ・ロイーズに質問した。
「どうして、ご主人様達は非礼を咎めないで帰ってしまわれたのですか?」
「彼らは臆病者だから」とノノ・ロイーズは平然と答えた。
メイはあっけに取られた。メイド達がお仕えするボックスマンを、臆病者と呼ぶ態度は、あまりにメイドのあるべき態度からかけ離れているように思えたのだ。
ノノ・ロイーズはメイの心中を見透かしたように微笑んだ。「でも、あなたは真似をしてはだめよ。あの手の連中は、海千山千の年増メイドを相手に筋を通す度胸はないけれど、新米メイドはいくらでも良いようにあしらえることを知っているから」
メイは更にショックを受けた。ノノ・ロイーズは、客であるボックスマン達を、こともあろうに敬意のカケラもなく「あの手の連中」と呼んだのだ。ノノ・ロイーズは、明らかにメイドとしておかしい。何かが壊れている。
そして、すぐに気付いた。
ご主人様として明らかにおかしく、何かが壊れている鉄鎖だからこそ、ノノ・ロイーズをメイドとして使うことができているのだろう。
メイは、このような屋敷で働く自分の不運を呪った。
「でもね」とノノ・ロイーズは自分の仕事に戻りつつ言った。「ああいうレベルの低い連中が最初のご主人様でなかったあなたは幸運だと思うわよ」
メイは、幸運と言われたことに驚いた。いった、これのどこが幸運だというのだろうか。
続く.... §
客のご主人様に対して傲慢な態度を取るノノ・ロイーズ。彼女は、メイが鉄鎖のものになったことが幸運だという。
いったい、それはどういう意味なのか。メイの混乱に答はあるのか!?
次回に続く……
(遠野秋彦・作 ©2005 TOHNO, Akihiko)
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