君は知っているか。
美しく可愛く献身的な少女達からなるメイド達。
そして彼女らのご主人様となるオターク族。
その2種類の住人しか存在しない夢の中の世界を。
ある者は、桃源郷と呼び。
またある者は、狡猾なる悪魔の誘惑に満ちた監獄と呼ぶ。
それは、どこにも存在しないナルランド。
住人達がボックスマン・スーフィーアと呼ぶ世界。
そして、悪魔と取引したたった一人の男によって生み出された世界。
前回のあらすじ §
メイドでありながら、オターク族を名乗る謎の人物。彼女は、システムの矛盾を突いて、オターク族でありながら箱を脱ぐことができたという。
しかし、なぜご主人様であることが保証されたオターク族が、自ら進んでメイドになろうとしたのだろうか。
メイに納得のいく答は得られるのか?
第15話より続く...
第16話『女は男にご奉仕する存在ではないと言い切る謎のメイド』 §
オターク族のメイドは、メイの混乱を面白がるかのように微笑んだ。
そして彼女は言った。
「君は、男と女という言葉を知っているかい?」
「からかわないで下さい」とメイはムッとした。「それぐらい常識です」
「じゃあ、意味を言ってみてよ」
「ご主人様が男で、メイドが女です」
「ブブー。不正解」
「では、男は奉仕される側で、女は奉仕する側……」
「ブブー。それも不正解」
「えっと……」メイは意地になって、教科書に書かれた説明を正確に思い出そうとした。「男とは、社会的、身体的に能動的に他者に与える存在であり、そのために身体的には突起する器官を所有する者。女とは、社会的、身体的に受動的に他者から受け入れる存在であり、そのために身体的には男の突起物を受容する凹器官を所有する者……です」
「ふうん」と相手は感心したように声をあげた。「たぶん、教科書に書かれた言葉と、そう大きくは違っていないと思うよ。でもブブーだ。やはり不正解だね」
「そんな! 少し言葉を間違えたぐらいで!」
「そうじゃないよ。君たちの教科書がそもそも間違っているんだ」
「まさか!」
「男と女には、いくつもの意味がある。たとえば、子供を作るための役割分担が1つだ。男は精子を提供し、女は卵子と子宮を提供する。その結果、子供ができる」
メイは面食らった。それなりの大人の教育を受けているメイは、精子も子宮も知っている言葉だった。しかし、それによって子供ができるという話は聞いたことがなかった。
「君が戸惑うのも無理はないよ。このボックスマン・スーフィーアでは、いくらセックスをしても子供ができることはない。それでも世界が維持されているのは、メイドの子供はラボで生産され、ボックスマンは別の世界からやって来るからだ。そして、ボックスマンが生まれた世界、まあそこで彼らは箱を被ってはいないけどね。その世界では、男と女がセックスをすることよって子供が生まれる。ボックスマン達は、そうやって生まれてきたんだ」
それは、メイにとっては、考えたこともない、想像を絶する話だった。もはやメイは黙って聞いているしかなかった。
「でも、それだけが男の女の違いではないよ。その他に、社会的な役割、ジェンダーの差というのがある。女は綺麗な服を着て、お化粧をする。男は地味な服を着てせっせと働く。こういう区別があるんだ。そして、男と女は恋愛する……」
「恋愛は知っています。ご主人様が寵愛するメイドと好き合うことです」
「ブブー。恋愛というのは、自由な男女が、互いを好きになることを言うんだよ。寵愛は恋愛じゃない。君たちが恋愛だと思っているものは、本当の恋愛なんかじゃい」
「あの、自由な男女って……」
「僕らが生まれた世界で、男女は誰も自由で対等だからね。メイドは職業の1つに過ぎないし、ご主人様とは職業としてのメイドを雇った者の呼び名に過ぎない。立場が弱ければご主人様と呼んでもらえない雇い主も珍しくないよ。というより、そもそもメイドを雇うということが珍しいかな。ともかく、女は男と対等であって、職業選択も自由だ。メイド以外に、どんなものにでもなれる。そのための一定の努力を払えば、だけどね」
女が男と対等……。そして、メイド以外のものにも自由になれる……。
その考えは、メイを常識に真っ向から反した。メイは目眩がして、ふと倒れそうになった。
その時、「ベス、メイン・ベス、どこにいるの?」という声が聞こえてきた。
どうやら、オターク族のメイドのご主人様が彼女を呼んでいるらしかった。
続く.... §
本来ご主人様であるはずのオターク族のメイド。彼女を呼ぶご主人様の声。いったい、彼女とご主人様の関係はどうなっているのか。そして、男と女は対等だと言い切り、メイを混乱させるメイン・ベスの真意とはいったい?
次回へ続く。
(遠野秋彦・作 ©2005 TOHNO, Akihiko)
★★ 遠野秋彦の長編小説はここで買えます。