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2006年08月31日
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オルランドと裏切り者クタラ

Written By: 遠野秋彦連絡先

 オルランド人は、2つの意味で正義と秩序の番人というわけではない。

 まず第1に、オルランド人が何を自称しようと、そしてオルランドに何かを望む者達が何を信じようとも、オルランドが「大宇宙の守護者」だという事実を客観的に論証する根拠は何もない。あるのは、「ある種の孤高とも言える信念を圧倒的なテクノロジーの優越によって他者に強制してきた」という実績のみである。

 そして第2に、事実としてオルランドはしばしば造反者を出す。彼らは、オルランドの正義に対して、何らかの意味で異議を唱える者と見ることができる。身内から異議申し立てされる正義が、はたして真の正義であろうか。

 さて、最も名の知られたオルランドの造反者はクタラ・セハールだろう。なぜクタラがそれほどまでに有名なのかといえば、他のオルランドからの造反者が、単に造反してオルランド艦隊に討ち取られただけの存在であるのに対して、オルランド以外の世界と深く関わったからだ。

 より具体的に言えば、クタラは自らが理想とする娼館を作ると称し、宇宙各所から気に入った娘達を立て続けに誘拐した。オルランドの技術を使えば、気付かれることなく誰かを連れ出すなど造作もないことだし、仮に気付かれても技術水準で相手を圧倒することができる。

 そして、誘拐した相手には、後進的統治形態を取る惑星国家の「姫」や、複数の天体をまたがる人気を博する大スターも含まれていたとされる。彼女らが誘拐されることは、それだけで大きな社会的インパクトであったと言える。

 つまり、宇宙の各所ではクタラは娘達を誘拐し、淫らな行為を強制する悪魔のごとき犯罪者として記憶されているのである。

 クタラに関する噂は集大成され、古典的なドラマとして人類の生存圏の奥深くまで広まっている。

 異本、異説は多いが、それらのドラマはおおむね以下のような出来事があったと記している。

 クタラ・セハールは、もともとオルランド科学局の優れた研究者であったという。クタラがオルランド宇宙軍(OSN)によって討伐されるまで、長い時間を要した理由の1つは、このような立場で研究したテクノロジーを私物化し、しばしばオルランドに対するテクノロジーの優越を見せた点にある。

 さて、クタラは冷徹で人を見下すようなところがあるサディストだったという。彼の趣味は、知性も社会的な地位もある立派な娘を強制的にサディズムによって調教し、男性に奉仕する奴隷に堕落させることだったと言われる。なぜクタラがオルランドを裏切らねばならなかったのか……という理由はここにある。なぜなら、オルランドにいる「女性の姿をしたもの」とは、男しかいないオルランド人を慰めるために作られたハイパー・アンドロイド(ハイプ)……、つまり最初から「男性に奉仕する奴隷」そのものだったのだ。

 しかし、極少数、例外的に特権的なハイプは存在した。たとえば、オルランド皇帝の愛人用として製造されたアヤなどがそれにあたる。あのアヤであれば、サディズムによる調教を行う喜びがあるだろう……という感想を、しばしばクタラは漏らしていたという説もある。だが彼女らは、クタラが自らの趣味を満足させるために欲しいと願って叶えられる存在ではなかった。

 かといって、オルランド人以外の娘を対象に調教行為を行うことは、オルランドが掲げる正義との兼ね合いで不可能であった。

 必然的に、クタラはオルランドを出るしかなかった……というわけでる。

 天才であるクタラは、誰にも察知されることなく、2Kクラスのバトルクルーザー『マルキ・ド・サド』に一人乗り込み、オルランド人工惑星から飛び出した。

 それはまさにオルランドにとっては不意打ちであった。人工惑星とオルランド宇宙軍の警戒網を熟知したクタラは、警戒網に捕まる可能性が最も薄い時間帯と方角を選んでおり、しかも『マルキ・ド・サド』はオルランドには未知の技術を使って加速性を高めていた。後から発進した艦が『マルキ・ド・サド』に追いつくことはできなかった。

 最初に『マルキ・ド・サド』を捕捉できたのは、オルランド宇宙軍(OSN)辺境監視艦隊の2Kクラス バトルクルーザー『グリンガム』だった。つまり、『マルキ・ド・サド』が辺境領域に達するまで、オルランド宇宙軍は接触することすらできなかったのだ。

 しかし、ここで不幸が起こる。情報が錯綜し、適切な情報を得ていなかった『グリンガム』の艦長は、決定的な判断ミスを犯す。

 彼はこのように考えてしまったのだ。

 『マルキ・ド・サド』は一人の裏切り者が見よう見まねで操艦しているだけであり、まして艦載機の運用などできるはずがない。そもそも人数が足りないのだ。一方、完全装備でパトロール中だった『グリンガム』は、全ての装備を完全に扱うだけの人数と質を備えた兵員が揃っている。ならば、全艦載機を出撃させ、それと連携して『グリンガム』で砲撃戦を挑めば、艦載機を使えない『マルキ・ド・サド』を圧倒できる……。

 まさに、『グリンガム』はこのような作戦で攻撃すべく、出撃可能な全てのデストロイヤーとファイターを発艦させ、『マルキ・ド・サド』の進路に立ちふさがった。

 それに対し、『マルキ・ド・サド』は艦首の恒星破壊砲を発射した。明らかに有効射程範囲外からの発射だった。今となっては知るよしもないが、おそらく『グリンガム』の乗組員は相手が素人であると思い、勝利を確信しただろう。

 だが、クタラが持つ未知のテクノロジーで改良された『マルキ・ド・サド』の恒星破壊砲は有効射程が大幅に増えていた。出力はそれほど上がっていなかったが、収束度は段違いに高まっていたのだ。その結果、『グリンガム』と大多数の艦載機は、その一撃により蒸発した。

 この一撃は、この事件に2つの大きな影響を与えた。

 1つは、クタラがオルランド人を殺害したこと。不死の身体を持っていても子孫を作ることができないオルランド人にとって、同胞の命は取り返しが付かない貴重なものであった。しかし、クタラはそれを平然と奪ったのだ。オルランドによる執念深いクタラ追跡が行われた理由の1つはここにある。

 もう1つは、宇宙に投げ出された艦載戦闘機パイロットのハイプ、ミミン311をクタラが救助したことである。クタラは退屈しのぎにミミン311の調教を試してみたところ、興奮しないはずの一般ハイプ相手の調教が興奮できることに気付いたとされる。なぜかといえば、ハイプはオルランド人に奉仕するために作られてはいても、オルランド人を殺すような裏切り者に奉仕するようには作られていないからだ。そのようなハイプに快楽と苦痛を与え、裏切り者に喜んで奉仕するように調教することは、クタラに思いの外大きな快楽を与えた。

 また、本来ならオルランド外の一般人からは高嶺の花であるハイプを娼婦として働かせる娼館の構想も得たという。それには、宇宙各所から集めた美女や高嶺の花が、遙か格下で醜い男達に喜んで奉仕するという倒錯の世界が広がるはずであった。

 クタラは、執拗に追うオルランド宇宙軍を尻目に、宇宙中から眼鏡にかなった娘達の誘拐を続けた。

 『マルキ・ド・サド』がオルランド宇宙軍の包囲網に飛び込み、圧倒的な数の優越に押し切られて撃沈されるまで200年。誘拐は続いた。

 しかし、話はそれで終わりではなかった。

 彼らが沈めたと思ったのは、『マルキ・ド・サド』ではなく、実は残骸から再生した『グリンガム』であったのだ。また、彼は自分の身体をハイパー・アンドロイドに作り替えていて、オルランドが確認したクタラの死体とは、新しい身体に乗り替えた抜け殻に過ぎなかったのだ。

 まんまとオルランドに自分は死んだと思わせたクタラは、極めて高度な宇宙的な規模の娼館を作り上げた。クタラは「大文字の彼」より技術協力を取り付けており、彼のシム ワールド ジェネレーターが『マルキ・ド・サド』の艦載コンピューターに接続されていた。それによって作られた仮想世界そのものが、クタラの娼館だったのだ。

 それによって作り出された仮想世界では、全てがクタラに反逆不可能であった。

 クタラは、ミミン311を人質にアヤに連絡し、誰にも知らせないで自分のところに来させ、そしてアヤも捕獲し、経験豊富なアヤですら屈服するだけの圧倒的な力で自らの性奴隷とした。

 また、第2地球の監視者である『ファミリー』のマスタークロッカー、時を司る者クロールスも捕獲し、彼が持つ女性化願望とマゾ的気質を正しく見抜いたクタラは彼に少女の姿をしたハイプの身体を与えた。

 クタラが構想する娼館に必要だったのは、実はミミン311、アヤ、クロールスの3人だけだったと言って良い。他の女達を誘拐したのは、オルランドに真意を知られないためのフェイクだったとされ、誰一人としてここには連れ込んでいない。

 この娼館に、いかなる客が訪れ、どのようなサービスが行われたのかは定かではない。ドラマでは、おもしろおかしく刺激的に創作された様々なサービスが描かれるが、それらの全ては想像に過ぎない。

 この娼館は、シムワールド内の時間では10年以上存在していた。しかし、現実世界の中では、僅か数ヶ月しか存在していなかったことになる。

 結局のところ、アヤとクタラの対決は、クタラがアヤを屈服させたように見えつつ、実はアヤの方が一枚上手だったのだ。クタラが隙を見せたとき、アヤは密かに手がかりを外部世界に放った。それを、アヤと同じオルランドSSN(スペシャル・スター・ネイビー)に属するドラナ大尉が拾い上げたのだ。

 SSNは即座に大尉とバトルクルーザー3隻(派遣部隊旗艦ジンギスハン、アヤ専用艦カエサル、他1隻)を派遣し、電撃的に娼館を襲撃してクタラを逮捕した。

 そして、いくつもの謎が残った。クタラは多くの研究成果をなぜ隠し通して自分のために使えたのか。なぜ、クタラはあり得ないはずの男性型ハイプの身体を得たとされるのか。なぜ、クタラはよりによってあまりにハマリすぎた艦名を持つ『マルキ・ド・サド』を乗り逃げできたのか。なぜアヤはあっさりとクタラに捕まったのか。なぜOSN相手にあれだけ逃げ回ったクタラが、SSNにはあっさりと捕まったのか。

 その裏事情に思いを馳せる人の数は、クタラ事件の人気度の高さの割にはあまり多くはない。

 ただ、気になる噂だけを最後に書き記そう。実は『グリンガム』は艦載AIによって操艦される無人艦であり、『グリンガム』が沈んだときに死んだ者はいない……。そして、クタラによる誘拐は、噂だけが先行して飛び交い、「誰それが誘拐された」とニュースになったが実際に誘拐された娘は(あの3人を除いて)一人もいなかったのだと……。

(遠野秋彦・作 ©2006 TOHNO, Akihiko)

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