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2006年10月26日
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オルランドとベーダー最後の勝利

Written By: 遠野秋彦連絡先

 眼下の街路では、デモが行われていた。

 それを見下ろした工作員307号は、かすかに微笑みを浮かべた。

 彼らが叫んでいるスローガンは単純明快だ。

 悪魔のオルランドに手を貸すな!

 我が国の軍人を即刻宇宙から引き上げさせよ!

 ベーダーにも生きる権利がある!

 即刻対話を始めるべきだ!

 等々……。

 侵略者ベーダーの地球侵攻を阻止すべく宇宙で戦っている者達から見れば、信じがたい行為だろう。

 オルランド、いや連合防衛軍としては、対話による戦闘の早期終結は常に模索されてきた選択肢だからだ。もし、早期に終結できないとすると、連合防衛軍は重大な決断に迫られることになるからだ。

 そもそも、連合防衛軍は、各国の職業軍人のみを集めて組織された。しかし、戦力の消耗と、戦闘規模の拡大から、早晩人手が決定的に足りなくなることが予測されていたのだ。これを補うために志願兵を募るとしても、そう簡単に前線に送り込むことはできない。過酷な宇宙で戦うには、それなりの訓練期間が必要なのだ。ゆえに、戦争が長引けば、どこかで決定的な人手不足に陥るのが必然と言えた。

 それが分かっていたからこそ、連合防衛軍は即時対話の道を模索していた。

 それを常に拒絶しているのは実はベーダー側だ。ベーダーとは地球人が呼ぶときの俗称であり、彼ら自身は彼らの言葉で「神に祝福された選ばれた民」と呼んでいた。

 ベーダーの母星は、とても過酷な環境で、生命は地下空洞で暮らすしかなかった。広い地上には、1年のうちほんの僅かな期間しか出ることができない。そういうベーダーが憧れるのは、もちろん常に地上で暮らせる平穏な星だ。そして、彼らの神は、そのような楽園の存在を保証した。神が指し示した彼らの楽園こそが地球であった。ゆえに、ベーダーから見れば地球の正当な所有者は自分たちであり、地球人こそが不当な占拠者ということになる。ベーダーが対話の前提に要求しているのは、常に「地球人が地球の不当な占拠を中止すること」という条件だった。

 これで対話はあり得ない。

 それなのに、デモ隊は対話を要求している。そして、対話を始めない連合防衛軍を見て、彼らは更に批判を強める。

 実に素晴らしい。

 地球人を内部崩壊に追い込む工作の成果は、予想以上に上手く行っている。

 もはや、地球人の過半数は、連合防衛軍がやりすぎていると感じている。ベーダーは可哀想だと思う人は既に半数に近い。

 連合防衛軍といえど、地球人社会の一部に過ぎない。社会全体を味方に付けてしまえば、連合防衛軍をガタガタに自壊させることも不可能ではない。

 連合防衛軍が多数のベーダーを惨殺するようなショッキング映像でもあれば、もはや世論は連合防衛軍を「過剰殺戮者」と決めつけるだろう。

 工作員307号は時計を見て、時間だと思った。上手く行けば、最高のショッキング映像が手に入るかもしれない。彼は、対スキャン用の防御シートを窓に降ろした。部屋の中の装備を外部から探査されないための用心だ。しかし、そのような配慮が意味を持ったことは一度もない。地球の地球人には、自分たちが侵略されようとしているという危機感はないのだ。

 工作員307号はレンタカーで近くの空軍基地に向かった。小惑星帯の工場基地とのシャトル便が到着する基地だ。

 基地に向かうハイウェイから見える郊外の風景は極めてのどかだった。

 実際、宇宙戦争を行っているとはいえ、地球に大きな被害が及んだことはない。連合防衛軍は必死に防戦するし、ベーダー側も「自分たちが手に入れるべき楽園」を醜く壊すことには消極的だからだ。それゆえに、地球上の地球人達は、戦争の当事者だという意識が極めて希薄だ。

 しかもこの空気は、もはや地球だけでなく太陽系全体にまで広がっている。オルランドが切り札の人工惑星を作り出し、生産を含めた全ての活動の拠点を宇宙の奥深くに置いた時点で、太陽系内の基地にはもはや軍事的な意味はほとんど無くなっていたのだ。

 太陽系内の基地の役割は、ほとんどベーダー艦の接近探知と排除に限られていると言って良い。

 それゆえに、小型カプセルで太陽系内に潜入しても、それを探知するためのシステムは存在せず、小惑星帯の基地にいちど潜り込めば、偽造書類で簡単に地球までのシャトル便に乗り込むことができるのだ。

 工作員307号は、滑走路に着陸した大型宇宙往還機から目当ての者が降りてくるのを待った。

 タラップから降りる者達の中に、連合防衛軍の軍服を着込んだ連絡員82号の姿が見えた。

 「やあ、問題なく到着できたようだね」と工作員307号は挨拶した。

 だが、連絡員82号はそれに答えなかった。

 彼はただ「君が希望した最高のショッキング映像だ」とだけ言ってビデオカプセルを渡した。

 そして黙り込んだ。

 「おい、どうしたんだ?」連絡員82号の様子がおかしいことに、工作員307号は気付いた。

 「場所を変えよう」と連絡員82号は言った。「気付かないか? ミリタリーポリスがいつもより多い」

 工作員307号は、ハッとして見回した。確かに、いつもの数倍の人数がいる。平和ボケして勘が鈍ったか……と工作員307号は反省した。

 「じゃあ、久しぶりの再会を祝って、オレの部屋で飲もうぜ。とっておきのワインがあるんだ」工作員307号は、ミリタリーポリスに聞かせるように言ってから連絡員82号を連れ出した。

 工作員307号の部屋で、ビデオカプセルが再生された。連絡員82号は、状況を説明する前に見ろ……と言ったからだ。

 映像は驚くほど長かったが、何が起きているのかはすぐ分かった。

 ベーダーの母星が、オルランドの惑星破壊砲によって燃え上がり、砕け、消滅していく映像だったのだ。

 工作員307号は、衝撃で動けなくなった。「こ、これはよくできたCGだな」

 「いや、実写だ」連絡員82号は答えた。「今から約70時間前に、実際に起きた出来事だ」

 「まさか……」

 「そして、我らの同胞はほとんど全て、星と運命を共にした。まだ生きている同胞は、おそらく100人もいないだろう」

 「どういうことだ。植民惑星には、数十万人以上が住んでいたはずだろう。まさか、それらも破壊されたというのか?」

 「いや、植民惑星はどれも無傷だ」

 「ならどうして……」

 「本土決戦計画が発動したのだ」

 「全ての同胞を母星に集め、最後の一人になるまで地球人と戦うという、あの無謀な計画か?」

 「おいおい。君がそれを言うのか。消耗を強いれば、連合防衛軍は維持できなくなって崩壊するというレポートを書いたのは君だろう」

 「まさか。消耗を強いるために本土決戦計画を?」

 「その通りだ。連合防衛軍はけして民間人の殺戮は行わない……という分析から、全ての同胞を集めて戦えば大量殺戮兵器が投入されることはないと考えられたのだ」

 「しかし、惑星破壊砲が使われたではないか。なぜだ?」

 「同胞を母星に運ぶための宇宙船団の往復が、彼らに誤解を与えたらしい」

 「どういうことだ?」

 「連合防衛軍の奴らは、それを母星から植民惑星への疎開だと思い込んだのだ。その結果として、民間人を巻き込むことは少ないと見なされ、迅速な本土決戦を彼らも決意した」

 「まさか」

 「間違いない。シャトル便の中で、連合防衛軍の奴らが話をしているのを聞いたからな」

 「だからといって、いきなり奴らが惑星を破壊するか?」

 「奴らがあれを撃った理由は、惑星を破壊するためではなく、強化された我が軍の防御シールドを打ち破るためだったそうだ」

 「いかなる攻撃にも耐えられる完全無欠のディフェンス・システム……」

 「あれが完全に稼働していれば、母星が崩壊することはなかっただろう」

 「稼働していれば? なぜ稼働させなかったんだ!」

 「母星は大量の同胞を抱え込んで、生活のためのエネルギーが枯渇していたんだ。だから、シールドの出力を大幅に下げざるを得なかったんだ」

 「そして、そんなことを知らない連合防衛軍の連中は、昨日までと同じ強度のシールドがあると思って惑星破壊砲を撃ったのか……」

 「ああ、そんなところだろう……」

 そして、長い沈黙があった。

 「これから君はどうするんだ?」と工作員307号は質問した。

 「オレは神を信じる。地球は我々の理想の地だ。きっと奇跡は起こる……。いや、起こさねばならないのだ。だから、この記録映像をここに持ってきた」

 工作員307号は、それを聞いて白けた気分になった。神の奇跡だと? そんなもの、あるわけがない。神など持ち出さないで、1年中地上で暮らせる惑星が欲しいだけだと、なぜ言えないのだ……。

 しかし、工作員307号は考え直した。もはや、これから彼が生きていくには、このまま地球で、地球人のふりをして暮らすしかない。もう同胞が住む星はないのだ。ならば、地球人の反ベーダー感情は払拭しておく価値がある。

 そのために、連絡員82号が持ってきた映像を使う価値がある。この映像にこういうメッセージを乗せていこう。

 無差別かつ一方的に殺戮された可哀想なベーダーに黙祷を!

 連合防衛軍を名乗る過剰殺戮者をけして許すな!

 そしてその工作は完全な成功を収めた。地球に残った地球人達と、彼らを守るために戦った連合防衛軍、事実上オルランドと称される者達は、もはや修復することもできない深い亀裂を抱え込むことになる。

 これがベーダー最後の勝利と呼ばれる出来事である。

(遠野秋彦・作 ©2006 TOHNO, Akihiko)

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