邪魅の雫
紀伊國屋書店

2007年01月28日
川俣晶の縁側過去形 本の虫感想編total 2350 count

邪魅の雫 京極夏彦 講談社

Written By: 川俣 晶連絡先

 重い本です。

 そして、重い本は持ち歩いて移動時間等に読み進めるには向きません。

 おかげで、去年の9月に買った本なのに、読み終わったのは4ヶ月後ということになってしまいました。

 しかし、3/4ぐらいから急に事件の全貌が見えるような出来事が起こるようになって急にスピード感が出てきた感じがありますね。そこからは一気に読めました。(夜更かしして)

 さて……。

 今回描かれた事件の本質とは、「嘘をつく」ことにより、個々の人たちに違った世界観を構築し、敵味方、因果関係を錯誤させることによって殺人の連鎖を発生させたことにあります。

 このメカニズムは、実はIT業界における詐欺まがいの商法の構造そのものだな……と思いました。

 そういう意味で、この小説が描いているのは「リアルタイムの今」であって、過去ではありません。

 具体的に、IT業界における敵味方、因果関係の錯誤とは何かというと。

 たとえば、何のコネもない一人の少年がコンピュータを好きなように使い倒す……という状況は当たり前に存在したわけではありません。当初のコンピュータとは、単に値段が高価であるというだけでなく、技術詳細に好きなようにアクセスする自由が制限されたものだったわけです。いい加減かつ大ざっぱに言ってしまえば、そのような文化は、メインフレームの世界にあったものです。

 それに対して風穴を空けたのがマイコン文化です。この文化は、誰がどのような使い方をしても良いし、どのようなプログラムを作り、それで何をしようと自由という態度を取ります。具体的に言えば、たとえばアプリケーションソフトを作ってそれを販売しようとタダで配ろうと、コンピュータのメーカーも、OSや開発ツールを作ったソフトハウスも、何も文句を言わないということです。このような文化があればこそ、何の後ろ盾もないただの少年が好き勝手にコンピュータを使い倒すという状況が成立します。

 そして、そのようなマイコン文化の主要な担い手の1つがマイクロソフトです。実際、コンピュータを使うことの自由さの一部は、マイクロソフトという存在によって保証されてきたというのは事実でしょう。たとえば、ファミコン上で動作するエロゲーを作って売ったとすれば任天堂は烈火のごとく怒る訳ですが、MS-DOS上で動作するエロゲーが作られたからというって、マイクロソフトがそれに怒ったという話は聞いたことがありません。(ただし、マイクロソフトもXBoxの世界では態度が違うかもしれないが、またそれは別の話題ということで)

 ところが、「何者かがついた嘘によって」この状況を倒錯的に捉える意見が出てきます。本来、自由を保障する側であったはずのマイクロソフトが、自由を抑圧する悪の支配者と認識されるのです。逆に自由の抑圧者の最強の一翼であったメインフレーム企業のIBMが、マイクロソフトによって奪われた正当な事由を取り戻すための解放者として認識されてしまいます。(最初のマッキントッシュのCMが、IBMによる支配の打破であったことを考えれば、実に滑稽な話ですが)

 つまり、以下のような構造がここに現れるのです。

  • 「仕掛け人」は、「マイクロソフトが自由を奪う悪である」という嘘をつく。これは必ずしも犯罪ではない
  • 嘘によって説得された「善意の第3者」は、自由を取り戻すために「自発的」にマイクロソフトを非難し、攻撃する
  • 善意の第3者達が勝手にマイクロソフトを葬り去ることで、「仕掛け人」は容易に利用者の自由を奪うことができる。つまり、楽な金儲けが実現可能となる

 このような構図は、「邪魅の雫」に出てきた連鎖殺人の構造によく似ています。

 念のために補足すると、「仕掛け人」が具体的に誰であるかは分かりません。上記の文章を読むとIBMが仕掛け人であるかのように読めるかもしれませんが、そうではありません。仮に上記の説が正しいとしても(正しいという根拠はないことに注意)、誰が「仕掛け人」であるかは私には分かりません。

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