神界に、それはそれは強い鬼神がいた。
鬼神とは、あらゆる武器を使いこなし、あらゆる戦い方をマスターした鬼のように強い神族の戦士のことである。
強いだけではなく、鬼神は鬼のような屈強な肉体、深い色の黒っぽく堅い皮膚、恐ろしい顔立ちなどを持っていた。見た目はまさに鬼であったが、瞳の優しい輝きを見ると、誰もが鬼神に心を許すのだった。
鬼神の仕事は、大神の命令により、神界に入り込んだ悪魔族の工作員を仕留めることだった。大神の作り出した神界の結界は強固であり、悪魔族の大部隊が押し寄せる気遣いはなかったが、こっそり潜り込んでくる工作員は絶えなかったのだ。
そして今日もまた、鬼神の圧倒的な強さを持つ腕が、美しい女神達の貞操を奪おうとした悪魔族の工作員を粉砕した。
ありがとう、ありがとう、強い強い鬼神さん。
女神達は鬼神に感謝した。
女神達は、お礼に花で編んだ冠を鬼神の頭に乗せた。
鬼神は顔を赤らめたが、その冠を大切に落とさないように頭に乗せたまま帰った。それ以来、冠の花が枯れてしまうまで、鬼神は毎日それを頭に乗せて生活した。枯れてしまった後に、彼はとても悲しんで冠のお墓を作った。
さて、悪魔族の秘密工作員の中には、悪さをせずにひたすら情報収集に専念する者もいる。そういう者達は、いつまでも正体がばれないので、鬼神の身近に出没することすらできる。
そして、そういう工作員の一人が、その鬼神の行動に気付いた。
工作員は、その情報を悪魔界に送った。
大魔王はその情報を見ると、ほくそえんだ。
なるほど。いつも我々の邪魔をする最強戦士の鬼神だが、心の中身は可愛いアクセサリが好きな女の子なのか。
大魔王はすぐに暖色系の鮮やかな色の巨大なリボンを作らせた。そして、それには付けた者の心の底の願いを叶える魔法が掛けられた。
リボンはさっそく神界に送られ、花の冠を失って悲嘆に暮れる鬼神にプレゼントされた。もちろん、送り主は、鬼神に助けられた女神の一人ということになっていた。
鬼神は頭にリボンを付けて元気を取り戻した。
しかし、元気が戻っても、やることがなかった。大魔王は、工作員の活動をしばらく抑止させたからである。
暇になった鬼神は毎日リボンを付けた自分を鏡で眺めていた。
ある日、通りかかった神族が鬼神の家を覗き込んで驚いた。
鬼神の身体が縮んでいたのだ。しかも、肌の色も色素が抜けて薄くなっていた。
更に、こころなしか、身体つきも丸みをおびて柔らかくなりつつあった。
彼は思わず質問した。
その身体はいったいどうしたのですか!
鬼神は答えた。
このリボンに似合った身体になりたいと願ったら、身体が変化し始めたのです。
そんな馬鹿な……と、彼は思って立ち去ったが、変化は止まらなかった。
身体が縮みきり、肌の色も真っ白になると、今度は本格的な性転換が始まった。
もはや男性の象徴は小さな豆粒のように縮小し、その代わりに胸は膨らみ、腰はくびれ、そして女性が子供を作るための構造が着実に形作られていった。
鬼神は今や、「美少女神」としか言いようのない存在に変貌しつつあった。しかも、鬼神の心の美しさを象徴するかのように、そのあたりの平凡な女神では太刀打ちできないほどの美しさを発揮した。
服職神はこぞって鬼神のためにリボンに似合う服を作り、男神達は求愛の手紙を送った。
一方、鬼神の力は衰える一方で、もはや愛用の巨大アックスを持ち上げることすらできなくなっていた。
鬼神の戦闘力が事実上消失したことは紛れもない事実として神界に知れ渡った。
そして、そのニュースはすぐに悪魔界にももたらされた。
大魔王は自分の計略が成功した喜びに小躍りしながら部下に命じた。
今だ、あの憎い鬼神をめちゃくちゃに犯したあげく、殺してしまえ!
そこで、犯すことなら並ぶ者はないという悪魔族が工作員として神界に送り込まれた。
工作員は、夜まで待って鬼神の家に押し入り、そのまま鬼神の服を破り去り、その身体を犯した。そして、あまりの快楽に我を失った。鬼神の身体は、それほどまでに甘美な快楽の道具に変貌していたのだ。
そして、工作員は快楽の絶頂で絶命した。
鬼神は巨大な可愛いリボンの隙間に毒針をそっと仕舞った。
いつまで経っても成功の連絡がないことに悪魔族達は苛立った。
そして、どうやら返り討ちにあったらしいと気付くと、新しい刺客を送った。だが、彼も戻らなかった。
そのようなことが5回も繰り返されると、悪魔族も、これはおかしいと気付いた。
愛用の巨大アックスすら持てなくなった鬼神一人を、なぜ殺せないのか。
そこで、その秘密を探るために、慎重派の悪魔が刺客として送られた。
慎重派の悪魔は、姿を隠しつつ鬼神の家に接近した。
だが、家の近くの大木の陰からいくら屋内を見ても、鬼神の姿は見えなかった。
トイレにでも行っているのだろうか……と観察を続けていると、彼は背後から声を掛けられた。
おじさん、なにやってるの?
ハッと彼が振り返ると、彼の背後、木の陰からそっと彼を覗く少女があった。
鬼神だった……。
彼はゾッとした。
この小さな身体なら、どこに隠れていても見つからない。か弱い女だと思って油断していたが、ずっと無防備な背中を晒していたことになる。小さな毒矢の1本でもあれば、彼は殺されていたところだ。もちろん、小さな女の子でもその程度の武器は扱える。もちろん、命中させるには訓練が必要だが……。
いや待て。
こいつはあの鬼神だ。
あらゆる武器を使いこなす鬼神だ。
ならば、訓練はとっくに終わっているはずだ。
ということは、たまたま鬼神が武器を持っていなかったことを喜ぶべきか?
いや、そうじゃない。
鬼神がここまで来ているということは、彼の存在に気付いて仕留めるために出てきたはずだ。武器を持っていないはずがない。
彼は反射的にそこから逃げようとした。
だが、足が痺れて上手く動かず、草むらの上に背中から倒れ込んだ。
倒れ込むと同時に、細い針が背中で折れるのを感じた。
痛覚を感じないほど細い毒針が既に打ち込まれていたと彼は気付いたが、もはや手遅れだった。
彼の身体に毒がまわるまで、さほど時間は掛からなかった。
鬼神は、巨大ウェポンコンテナに改造された巨大リボンの中に、針の発射銃を仕舞った。
悪魔族が真相を知るのは、それから数十人の工作員を鬼神に仕留められたあとになる。
小さなか弱い身体を持つ美少女神となった鬼神は、確かに腕力は比較にならないほど落ちたが、あらゆる戦い方をマスターした戦士の能力まで失ったわけではない。むしろ、これまで目立つ巨体ゆえに使えなかった、搦め手の戦術を使うには、小さな身体こそ有利というべきだった。
そして、それは鬼神が大神から与えられていた課題をこなすのに好適だった。それは、派手な活動をしないことで露見しない悪魔族工作員を狩ることであった。鬼神が巨体で歩けば、そういった工作員は近づく前に逃げてしまう。しかし、小さな身体で見つからないように近づけば捕捉できるのだ。
一度間合いに捉えてしまえば、工作員を仕留めるなど造作もなかった。巨大リボンに仕込まれたあらゆる武器だけではない。女の子だけが持つ身体のポケットにまで忍ばせた様々な武器が、あらゆる状況でどのような敵に対しても、優位の戦いを可能としたのだ。見た目は少女でも、鬼神はあらゆる戦い方をマスターした戦士だったのだ。
そして、新しい鬼神伝説が始まった。
美少女神の身体になった鬼神は、それまでの数倍の工作員を狩り、悪魔族の神界征服の野望は大幅に後退せざるを得なくなったのである。
これを見た、大魔王は考えた。
ならば、こちらもベテラン戦士を美少女悪魔に改造し、鬼神と戦わせようと。
だが、大魔王は甘かった。
女を犯してはならない……というモラルを持たない悪魔界に極上の美少女を置けば何が起こるのか。
せっかく用意した最強戦士は、神界への出発前に仲間の悪魔族に襲われ、犯され、絶望した。最強戦士は、そのまま神界に亡命した。
かくして、神界は美少女の姿をした最強戦士2名を持つことになり、もはや悪魔族は神界に入り込むことすらできなくなった。
(遠野秋彦・作 ©2007 TOHNO, Akihiko)
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