夏でございます。
夏と言えば、やはり怪談でございます。
といっても、今さら蕎麦を食べながら「今なんどきだい」などと言って代金を誤魔化すような話で怖がらせるのは難しい話で……。
え? それは怪談ではなく、落語? 時そば? 時うどん?
いやまあ、それはともかく。
今さら、お化けがひゅ~どろどろと出てきて「うらめしや~」などという怪談で怖がってもらえるわけでもなし。
お皿を数えて1枚足りない……、などと言ったところで、「うちで皿がいくらでも余っているから持って帰りなさい」で終わってしまいそうで、手応えというものがございません。
モノが溢れかえるというのも良いことばかりではございませんね。
では、今時怖い話が無いのかといえば、そんなことはございません。
今夜は、コンピュータ時代の怖い話、電脳怪談という奴を語ってみることに致しましょう。
コンピュータといえば、今時はエッチなゲームで遊ぶ子供の玩具に成り下がっておりますが、もともとは世界を征服したり人間を支配したりするほどの凄い機械でありました。
当然、人間は正しい儀式に乗っ取り、コンピュータ様に仕事をお願いし、そして些細な間違いで人間様を叱ってくださったものす。
コンピュータ様にお願い事する時には、パンチカードというカードに穴を開けて、それをコンピュータに読み取らせたものでございます。
けして、キーボードや画面のような便利な道具は無かったのでございます。
しかし、このパンチカードというのは1枚が僅か1行。100行のプログラムなら100枚を必要とする大変な代物でございます。まあ、ちょっとした行の入れ替え程度の編集なら、カードを入れ替えて完了できたと言いますが、大幅な書き換えともなればそりゃもうてんやわんやのことだったでしょう。
さて、行の入れ替えがすぐできるのは長所でございますが、もちろん短所もございます。数百枚のカードを一気に床にぶちまけてしまったりすると、さあ大変。全部集めるだけでも大変なのに、その上正しい順番にカードを並べねばなりません。驚くほどの労力が必要とされるわけでございます。
あるとき、優秀で几帳面なA君が凄いプログラムを書き上げました。そして、パンチカードの束を作り、コンピュータのところに持って行くことにしました。
しかし、天然系のうっかり少女のB子さんは、ついうっかりA君に身体をぶつけてしまったのです。パンチカードは床一面にぶちまけられてしまいました。
もちろんA君は烈火のごとく怒りました。
B子さんは慌ててカードを拾い集めましたが、何せ数が多いのですぐには終わりません。
そこで間が悪いことにA君に上司から呼び出しが掛かりました。
A君は、B子さんに512枚間違いなくきちんと揃えて戻せ……と命じて去っていきました。
さて、カードを全て拾い集めたB子さんは、どうすれば正しい順番に並び替えができるだろうか……と考えました。
しかし、カードを見ていると、実はカード1枚1枚に几帳面に通し番号が書き込まれていることに気付きました。
B子さんは、その番号を頼りに0番から順に並び替えました。
たっぷり1時間以上かけて、やっと最後の1枚がカード束の末尾に置かれました。
B子さんは、大仕事をやりとげたことに感動詞、最後の1枚にキスをしました。
しかし、キスをした直後にB子さんは気付いてしまいました。
最後の1枚には、511というナンバーが入っていました。全部で512枚あるはずなのに、511なのです。
B子さんは、必死に512番のカードを探しました。
しかし見つかりません。
1枚足りない……。
1枚足りない……。
うわごとのように繰り返しながら、B子さんは何回もカードの束と床を確認しました。
B子さんの顔は、幽霊のように真っ青になりました。
1枚足りない!
戻ってきたA君に、B子さんは泣きじゃくって謝りました。
数え間違いではないのか……とA君はカードの束をセットし、自動読み込みさせました。すると、確かにカードは512枚ありました。
まさか、人間が見ると511枚なのに、機械が読み取ると512枚ある妖怪カード!?
B子さんは悲鳴を上げました。
ところで君。511枚しか無いと思った根拠は何かね? とA君は質問しました。
B子さんは、黙って最後のカードの511という数字を指さしました。
するとA君は大声で笑い出しました。
A君は言いました。
カードの通し番号は0から振っているから、511まであれば全部で512枚だよ!
B子さんは我が耳を疑いました。
511までしか無いのに、512枚あると言い張るA君はとても正常な人間には思えませんでした。
そして気付きました。
A君はお化けなのです。
お化けにとって、1枚足りないのは正常な状態なのです。
しかしB子さんは悲鳴をぐっと飲み込みました。
ここで騒ぎ立ててお化けに取り殺されるのは御免を被りたいからです。
B子さんは、必死に何事もなかったように振る舞って、A君から離れました。
この話はこれでおしまいです。
しかし、皆さんも注意してください。
今時のお化けはコンピュータを使うこともあるのです。そして、明らかに1つ少ない番号を指さして「ちゃんと揃っている」と言い張ることがあるでしょう。
でも、そこで騒いではいけません。
きっと、お化けに取り殺されてしまうでしょう。
(遠野秋彦・作 ©2007 TOHNO, Akihiko)
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