日本にはコダマおやじという妖怪がいるという。そして、やまびこを引き起こすという。
山の上で「やっほー」と叫ぶと、「やっほー」という声が戻ってくるのは、この妖怪が叫んでいるからだという。
さて、いつの世にも、妖怪など信じない人々はいる。
彼らを改心させるために、妖怪の実在を証明しようと日々精進している人々も多い。その1人であるR博士は、コダマおやじをテーマにして研究をしていた。しかし、なかなか良い成果は出なかった。何しろ、コダマおやじなど居ない……、やまびこは音の反射と解釈しても筋が通るのだ。
だが、あるときR博士は有力なヒントを掴むことができた。
コダマおやじは、人間の叫び声には忠実にその通りに叫び返さねばならないが、妖怪の叫び声には違う言葉を返さねばならないというのだ。
もちろん、音の反射であれば、違う叫び声が返ることはない。
妖怪に叫ばせることができれば、コダマおやじの実在が証明できるのだ。
しかも、違う叫び声を返す者がいれば、彼もまた妖怪ということなる。
その場で本物の妖怪を捕獲することすら可能だ。
しかし、最初から妖怪を捕まえるため……と言ってしまえば、妖怪は警戒して来ないだろう。
そこでR博士は1つの周到な計画を立てた。
まずR博士は独自の健康法を編み出した。登山して頂上で叫ぶと健康になるという内容だ。そして、信奉者を集めて多数の男女を山頂で叫ばせようというのだ。
この計画は上手く行った。
多数の人々があつまり、何回も登山ツアーが組まれ、山頂で「やっほー」と叫んだ。
だが、やまびこは常に「やっほー」と返してきた。この方法では駄目なのか……、とR博士が絶望しかけたとき、ついにその日が来た。
山頂に集まった数十人の男女が順に「やっほー」と叫んでいたとき、突然「あ~、疲れた。やってらんないぜ!」という声が返ってきたのだ。
R博士は即座に、最後に「やっほー」と叫んだ男を拘束した。
「やった、ついに妖怪を捕まえたぞ!」
そして、さっそくR博士はその男を解剖してみた。
ところが、いくら調べてもその男はただの人間だった。
R博士は無実の人間を殺したマッドサイエンティストの烙印を押され、どこへともなく消えていった。
さて、消えたR博士は山の中を彷徨い、ついに本物コダマおやじを見つけ出した。
コダマおやじは、至近距離で目の前の人間を相手にしたときは普通に会話の相手をしてくれた。
R博士は、さっそく事情を説明してから質問した。
「人間の叫びに同じ言葉を返さないことはあるのですか?」
コダマおやじは笑った。「ないない。それはあり得ない。それをやったら、コダマおやじじゃないよ。でもね、タイミングがずれることはあるよ。1つ前に叫んだ相手の返事が聞こえてしまうとかね」
「それはあり得ないです。あの時は数を数えていたから、叫んだ者の数と、返事の数は一致していたはずです」
そこでコダマおやじは考え込んだ。
「その中に、人間そっくりのロボットはいなかったかい?」
「ロボット?」
「そうさ。コダマおやじはロボットには返事をしないんだ。だから、ロボットがいると、人数と返事の数が食い違って、1人分だけずれることもあり得るよ」
そこで、R博士はハッと気付いた。
「まさかあのとき、捕まえた男の1つ手前に叫んだ緑の肌で頭に皿のある、あの男が妖怪だったというのですか!」
「いや、それどう見ても妖怪だから。ってか、その時に気付けよ!」
(遠野秋彦・作 ©2007 TOHNO, Akihiko)
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