2007年11月22日
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魔女の騎士ヘクセン・リッター ニノ瀬泰徳 秋田書店

Written By: 川俣 晶連絡先

 このコミックスは、一般誌でありながら「触手による陵辱行為」を描いた点に注目が集まっている感がありますが、読んでみるとそれほど単純な話ではないことが分かりました。よくあるエロ系萌えファンタジーコミックと解釈するのも誤りでしょう。

魔女とは何か §

 この作品は、人間の男の不在と、人間の女に対する不信という特徴を持ちます。

 主人公の少年は、まだ大人の男とは言い難い年代であり、同世代の少女達に腕力で負けている可能性があります。

 また、男は女を大切にしなければならない倫理的制約も持っているでしょう。

 つまり、二重の制約によって、女に勝てないという屈折が与えられています。

 しかし、敗北感は「状況の受容」によって正当化されているに過ぎず、彼の本音としては「女に勝ちたい」のです。

 このような主人公の屈折を解放するためには、「女」よりも上位の存在から「欲望の解放の許可」を得る必要があります。

 「女」よりも上位の存在とは、すなわち「魔女」です。

 魔女とは長い寿命によってもたらされる老練な心と少女のような姿を持つ存在であり、同時に社会から断絶された「排斥された存在」です。

 そして、排斥されているがゆえに「愛」に飢えています。主人公は、偏見を乗り越えて魔女を受容することにより、魔女に対して「愛」を与えることが可能になります。

 ここで、両者は互いに欠けているものを相互に補完し合うことが出来ます。

 魔女とは、そのような意味での理想的な存在です。

女装とファリック・ガール §

 しかし、話はそれで終わりません。

 実は「女装」というファクターが、その先の展開をもたらします。

 主人公は、魔女より欲望の解放の許可を得ることで、ペニス=武器を持った美少女として最強の力を発揮します。主人公は、完全無欠の存在とされる「ペニスを持った女性=ファリック・マザー」の派生形としての「ペニス=武器を持った少女=ファリック・ガール(戦闘美少女)」になるのです。

 このような存在は、彼1人だけで独立した完全無欠の存在であることを示します。

 魔女は、このようなファリック・ガールに対しては、支配者でも同格の相手でもなく、崇拝者として振る舞うしかありません。繰り返しますが、魔女から見たファリック・ガールは崇拝する相手にしかなり得ないのです。

 つまり、この作品の真の構造とは、魔女が崇拝すべき対象としてのファリック・ガールを獲得する物語ということができるのです。

 一方で、主人公は自らの欲望の終着点とも言えるファリック・ガールになるために、魔女による許可を必要とします。

 2人の立場、主導権は2人の都合によって入れ替わりつつ、それでも安定的に維持されることになります。

 実に興味深い、動的平衡の関係です。

 静的平衡の関係よりも、ずっとダイナミックで面白い関係です。

捩じ伏せよ §

 このような関係をよく示しているのが、「原初の海水」での「捩じ伏せよ」という魔女の命令です。主人公は、その命令によって、誰にも打ち勝てないはずの「原初の海水」を実際に捩じ伏せてしまいます。ここで主人公は最強かつ完全な存在であることを示しますが、それを発揮するためには魔女の命令を必要とします。

二重の胎内回帰願望としての触手レイプ §

 このようにして解釈していると、触手レイプが単なる性的興奮を誘う描写ではないことが見えてきます。

 触手レイプは「身体が他者に覆い尽くされる」「身体の中に他者が侵入する」という2つの側面を持ちます。これは通常のレイプ行為とは全く異質な行為であるといえます。「身体が他者に覆い尽くされる」とは、自分の身体が他者の身体の中に入り込むことであり、これは一種の胎内回帰願望の変奏と見なすことが出来ます。同時に、「身体の中に他者が侵入する」とは「他者を胎内に回帰させる」という意味で、別の胎内回帰願望の変奏と見なすことが出来ます。

 つまり、自らが胎内回帰しつつ、他者を胎内回帰させるという二重の胎内回帰願望です。

 それを体現して行うというのは、別の意味での「完全な存在」になることを意味します。

 しかし、それは幻想としての「完全な存在」でしかありません。

 実際に「完全な存在」になることはなく、結果は自己の破壊か、子作りの道具としての使い捨てられることを意味します。

 それにも関わらず、幻想としての「完全な存在」への魅力は大きく、時としてそれを受け入れてしまう心理をもたらします。本作でも何回か触手レイプを受容してしまいそうになる心理が描かれますが、それは心に隙があれば受け入れてしまいかねない魅力を持った存在なのです。

もう1人の魔女 §

 もう1人の魔女(マラート)は、実は上記の魔女に当てはまりません。

 むしろ、人間の女が魔女の資質によって強大化した「象徴的存在」として出ていると見るべきものだろうと思います。

というわけで…… §

 けして健全な作品とは言えません。

 しかし、ぬるすぎて見るのもアホらしい「萌え文化」の作品群と比較すると、傑出して深い作品だと思います。

 問題は、その深みを的確に受容できる読者層がどれぐらいあるか……ですね。

 できるだけ多数の読者が、このコミックスに魅力を感じてくれると嬉しいと思います。

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