あるところに、お爺さんと猫が暮らしていました。
もともと、お爺さんはネズミ退治に猫を飼うようになったのですが、この猫はたいそうネズミ狩りが大好きで、瞬く間にお爺さんの家のネズミ被害は僅かなものになりました。
その結果、お爺さんは猫をたいそう気に入り、可愛がるようになりました。そして、いつの間にか、猫はお爺さんにとって子供も同然の存在になりました。
さて、そうは言っても、猫の寿命は短いものです。
お爺さんはまだ元気だというのに、猫の寿命は尽きようとしていました。
猫は、自分がもう長くないことを察知していました。そこで、身体が動くうちに、近隣のネズミの住み処を全て壊滅させ、もうネズミ被害が出ないようにしておきました。これでもう、自分がいなくても、お爺さんはネズミで困ることはないはずです。
しかし、猫にはまだ1つ心残りがありました。それは、湯たんぽ代わりになって、寒い日にお爺さんと一緒に布団に入って、冷えたからだを温める役目を務められなくなることです。
そこで、猫はお爺さんに飼われる前の家にあったコタツのことを思い出しました。
コタツなら機械だから寿命はありません。
自分がコタツだったら良かったのに。
猫はそう思いました。
だから、天に召される間際に、猫はお爺さんにこう言い残しました。
「生まれ変われるなら、コタツになりたい」
それを聞いたお爺さんはびっくり仰天です。
何せ、猫が人間の言葉を喋るなど聞いたこともありません。
本当は、長く生きすぎた猫が獲得した妖力のなせる技ですが、お爺さんはそのようなことは知りません。これはきっと何か深い理由のある奇跡が起こったのだとお爺さんは考えました。
そして、お爺さんはその言葉を実現しなければならないと考え、猫の皮でコタツを作らせることに決めました。猫の皮で作る以上、当然人間が入れるサイズのコタツはできません。しかし、どうしてもコタツを作らねばならなかったのです。
さて、お爺さんはその後も元気に長生きし、天寿を全うしました。
しかし、お爺さんが亡くなった後、ほとんど音信もなかった親戚達が集まると、彼らはみな首をかしげました。お爺さんが残した財産らしい財産といえば、猫の皮で作った小さなコタツだけだったのです。しかし、何に使うものか、皆目見当が付きません。
結局、親戚のうちの1人が引き取り、そのまま屋根裏に放り込んで忘れてしまいました。
その屋根裏にはネズミが住んでいました。ネズミは、ぽつんと放置された小さなコタツを発見して喜びました。ネズミであっても本当はコタツが大好きなのです。しかし、いつも猫が入り込んでいて危険なので入らないだけなのです。
ネズミは強い猫の匂いに警戒しつつも、コタツに入ってみました。
次の瞬間、ネズミはコタツの内部に強い力で引き込まれました。
そして、「ムシャムシャ」という音が聞こえたかと思うと、コタツの外にネズミの骨だけが放り出されました。
そう……。
実はコタツは単なるコタツではなく、猫の残留思念が猫の皮に残った妖力でつなぎ止められた妖怪「猫コタツ」だったのです。
しかし、猫の記憶のほとんどは既に失われていました。
コタツが覚えているのは、コタツ、ネズミ、そしてお爺さんがとても大切だったということだけです。しかし、なぜ大切だったのかはもう覚えていません。
このうち、コタツの大切さは良く分かりました。自分がコタツである以上、それは大切です。
そして、ネズミの大切さも食べてみてやっと分かりました。それは美味しいのです。
そこでコタツは考えました。
すると、お爺さんも食べたら美味しいのだろうか。
しかし、今のサイズではお爺さんを食べることはできません。
コタツは、ネズミを食べて獲た妖力を発揮して、自分の身体を巨大化させました。人が入れるサイズのコタツになったのです。
それから数日後、屋根裏を探検に来た子供がコタツを発見しました。
「あ、コタツだ! このコタツ、僕が使っていい?」
呼ばれてやってきた母親は、コタツを見て首をかしげました。
「変ね。こんなコタツあったかしら。でも、ダメよ。お爺さんがコタツを欲しがってたでしょ。これはお爺さんの部屋で使います」
コタツは心の中で小躍りして喜びました。しめしめ、これでやっとお爺さんも食べられるぞ。
おわり
(遠野秋彦・作 ©2007 TOHNO, Akihiko)
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