ボシュー人生相談所は、街の人々の最後の拠り所だった。
所長のボシューは、既に老境に入った男性だったが、人生経験豊富で頼りになった。
助手のテナンは、もうすぐ女としての勤めを終えようとする年齢だったが、品のある美しい女性で、人気も高かった。
二人が相談に乗ればたいていの問題は解決した。
まさに、テナンとボシューはベストパートナーだった。
しかし、二人は夫婦ではなかった。
テナンは若くして夫を亡くした未亡人であり、ボシューはずっと独身を通していた。
誰もが二人はお似合いだと思っていたが、結婚の話が持ち上がることはずっと無かった。
さて、ある日、事務所から帰る途中、テナンはゴミ捨て場でたいそう品の良いアンティーク時計を見つけた。しかし、文字盤の代わりに大きく4という数字が描かれていた。
不思議な時計だと思ったが、置物としてもセンスが良かったのでテナンはそれを拾い、家に飾った。
そして、月のものが来た。
あと何回迎えられるだろう……と思いながらテナンが時計を見ると、数字が3になっていた。
「まさか、あと何回月のものを迎えられる回数?」
テナンはそう思ったが、バカバカしいので忘れることにした。
だが、次に月のものを迎えたあと、時計の数字が2になっているのを見ると、テナンは焦りを感じ始めた。
子供を作るチャンスはもう2回しか無いかもしれないのだ。
そして、テナンはボシューの子供を産むというかすかな願いを持っていた。死んだ夫に悪いと思い、それを口にしたことはない。だが、そのような願いを持っていたのは確かだ。
結論が出ないうちに、再び月のものが訪れた。
時計の数字は1を示していた。
チャンスはもうこれっきりだった。
それでもまだテナンは迷っていた。抱いてくれなどと頼んで、ボシューに嫌われたら、もう彼女には生きていく道がない。
だが、そんなテナンにボシューは意外なことを告げた。
「長いこと、おまえさんの死んだ夫に悪いと思って言わなかったが。やっと決心が付いた。テナン、おまえを愛してる。今夜は泊まっていってくれないか」
その申し出にテナンは乗った。
幸せな一夜が過ぎた。
それからテナンは妊娠できたか気になって仕方がなかった。
やがて、テナンに月のものが訪れた。
テナンは妊娠できなかったことに気付き、がっかりした。
そして、ハッと気付いて時計をチェックした。時計の表示は1のまま止まっていた。いつも通りなら数字が減るはずなのに、どうしたことか。
テナンは意を決して時計の裏蓋を開いた。
中には、無線リモコンの受信装置が入っていて、文字盤が4から1まで回るようになっていた。
明らかに、外部から誰かが文字盤を操作していたのだ。
一体誰がこんなことを……と首をかしげ、裏蓋を戻そうとして気付いた。裏蓋にメモが貼り付けてあったのだ。
そこにはボシューの字で、「騙してごめん」と書いてあった。
その瞬間にテナンはやっと気付いた。
これは、ボシューの仕業だったのだ。ボシューのさりげない誘いに対して、常に決断できなかったテナンの心を決めさせるために、ボシューが仕組んだ仕掛けだったのだ。
月のものが来ると服装が地味になるテナンの習慣を知っていたボシューはそれを見て無線リモコンで文字盤を進めていたのだ。
テナンは、やっと心を決めた。
そして、そのままメモを持ってボシューのところへ出向いた。
(遠野秋彦・作 ©2007 TOHNO, Akihiko)
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