あるところに、全く違った2人が住んでいました。
1人は鳩で、翼を羽ばたいて飛ぶことができました。しかし、人間が近寄るとすぐに飛び立って逃げねばならない自分の非力さに悩んでいました。
もう1人はポッポで、石炭と水の力で力強く走ることができました。しかし、鉄路の上しか走れない不自由さにうんざりしていました。
ある日、鳩は気付きました。
ポッポは、人間が近づいたからといって避けなくても良いのです。人間の方が避けてくれるのです。ポッポが汽笛を鳴らしながら走れば、近くの人間は誰もが道を空けるのです。ポッポはずるいと、鳩は思いました。
鳩は、熟考しない性格だったので、そう思うとすぐにポッポに文句を付けました。すると、鳩が予想もしなかったことが起こりました。ポッポは、鳩の方こそずるいと言ったのです。決められた鉄路しか走れないポッポと違って、鳩はどこにでも自由に飛んでいけるから、ずるいというのです。
二人は激しく相手をののしりあいました。
周囲の者達は困り果てましが、誰も手を付けられませんでした。
「戦争中で手が足りないというのに、鳩とポッポまで喧嘩をしたら、お手上げだよ」
……と関係者がぼやいていると。
何やら怪しげな術を会得したと称する修験者が現れて言いました。
「そこの鳩とポッポ。そなたら、互いに相手の体をずるいと言うなら、体を取り換えてはどうか」
もちろん、鳩もポッポも異論はありません。2人は、理想の体を手に入れることができると大喜びでした。
何回もお礼を言う2人に、修験者は言いました。
「礼を言うには及ばぬ。どうせ数日で元の体に戻りたくなるだろう。自分は近くの宿屋に宿泊しているから、戻りたくなったらすぐに来れば良い。礼はその時に聞かせてもらおう」
しかし、鳩もポッポも、戻るつもりは全くありませんでした。修験者もボケたことを言うな、と思いながら、ポッポの体を得た鳩と、鳩の体を得たポッポは別れました。
さて、ポッポの体を得た鳩は、さっそく人間達を蹴散らして走るぞ、と思いました。しかし、走りたいのに走れません。ポッポは、人間の運転手が操縦しなければ走れないのでした。しかし、やっと人間の運転手が乗り込んでも、なかなか発車しません。ダイヤ通りの時間にならないと発車できないのです。やっと走り出してもまた止まります。今度は信号機です。次の駅では停車したまま待たされました。向かい側から来る列車が持ってくるタブレットを受け取らないと出発できないというのです。
「はっはっは。単線だから今出発すると向こうから来る列車と正面衝突するだろう?」と運転手は笑って説明しました。
人間を蹴散らしながら思う存分疾走できると思えばこそ、ポッポの体になりたかったのに、これではストレスばかり貯まります。しかも、逃げだそうにも自由に空は飛べません。
一方、鳩の体を得たポッポも、すぐに腹が減るのでエサ場から離れられないと気付くと、鳩の立場も自由ではないと気付きました。しかも、身体が小さく弱いので、人間や動物が近づいたら機敏に逃げねばなりません。車庫で安心してぐっすり眠れたポッポの身体とはまるで勝手が違います。
身体を交換してから2日目の夜、爆撃が行われて炸裂音が何回も周囲に鳴り響きました。その音に、鳩もポッポもすくみ上がりました。そして、鳩は爆撃があっても鳩の身体ならすぐ逃げ出せるのにと思いました。ポッポは、機関区の人達が助けてくれるのに、と思いました。
やはり、元の身体が一番だ。2人は、どちらもそう思いました。
そして翌朝、2人は再会しました。2人は、修験者に頼んで元の身体に戻してもらおう……ということで、意見が一致しました。
さっそく鳩の体を得たポッポが修験者の投宿した宿屋に飛んで行くと……。そこには焼け落ちた建物があるだけでした。建物内で寝ていた修験者は既に亡くなっていました。
鳩とポッポは青ざめました。この修験者しか、身体を交換する術を知りません。
鳩とポッポは、争いごとは良くないと悟りました。自分たちのいさかいも、人間達の戦争も同じことです。
その後、鳩とポッポは戦争終結と平和の重要性を訴え続けました。そして、鳩の身体を持ったポッポは、どのような建物にも容易に入り込める鳩の特徴を活かして各国の首脳を説得して終戦に導きました。
平和への貢献を称えられた鳩(の身体を得たポッポ)は平和の象徴とされ、ポッポ(の身体を得た鳩)は、終戦後初めて運転される特急列車の機関車に抜擢されました。
この列車にはどのような名前を付けようか、と相談された鳩とポッポは迷わず答えました。
「特急『はと』」にしましょう!
(遠野秋彦・作 ©2008 TOHNO, Akihiko)
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