アンドロメダ星雲に存在する星間大帝国は、地球を侵略することを決定した。
侵略する理由は、この美しい惑星を大帝国の版図に加え、皇帝陛下に献上すること……とされていた。しかし、実際の地球は環境汚染にまみれた汚れた惑星でしかない。誰も全貌を把握できない超巨大官僚機構のどこかで、誰かが実際に見たこともない地球を美化した作文をしたのは間違いない。おそらくは、本当に通したい企画の当て馬として、一晩ででっち上げたB案だったのだろう。それが、どこかで間違って採用されてしまい、実行に移されてしまったのだろう。
さて、「地球を侵略する」と言われて驚いたのが、実際に侵略を担当する帝国宇宙軍である。これまでいくつもの惑星を侵略して帝国の版図に加えてきた帝国宇宙軍であるから、侵略命令そのものは何ら珍しいものではなかった。しかしそれらはアンドロメダ星雲内の話である。銀河系に属する地球は、アンドロメダ星雲からあまりにも遠い。アンドロメダ星雲内であればせいぜい20万光年程度の距離を航行すればどこにでも行けるのだが、銀河系は200万光年以上も離れているのである。これは、超長距離航行型の特別仕様の宇宙艦隊を用いねば地球侵略は不可能だった。しかし、既存の宇宙艦を特別仕様に改修するコストや、通常とは桁違いの量に達する消耗品の確保とそれを補給するコストを加算すれば、通常の艦隊に対して数十倍のコストを要することは明らかだった。しかし、地球侵略にあたって付いた予算は、星雲内侵略の場合のせいぜい5割り増しでしかなかった。
そのようなわけで、帝国宇宙軍は頭を抱えたが、いくら要求しても予算は増額されなかった。しかし、「できません」と言えば担当者の首が飛ぶ。
やむを得ず、帝国宇宙軍は大艦隊での制圧は断念し、生物化学兵器による攻撃方法の検討を始めた。それなら、遙かに少数の宇宙艦を派遣するだけで実行可能だったからだ。
しかし、帝国とは「滅ぼす」存在ではなく、「版図を広げてそこから経済的利益を得る」存在である。地球人を皆殺しにするような生物化学兵器の使用は目的に反する。殺さずに屈服させられる兵器こそが最善だった。
(ちなみに、宇宙艦隊による侵略とは、攻撃の手段ではなく、武力の誇示による戦意の喪失を狙ったものであった)
その結果、数百年も使用されずに放置された『アンドロメダ執着液』という化学兵器が選び出された。この液体は皮膚から摂取され、一度摂取されると目の前のものに対する執着心を抑えられなくなるというものだった。
たとえば、空を流れる雲にひとたび心を奪われると、もはや侵略者がいくら空から降りてこようと、雲から目を離せなくなってしまうのである。
また、あらゆる社会インフラも停止するはずであった。社会インフラを担う様々な組織や施設の職員は、自らの仕事よりも目先の気になることに集中してしまう筈であったからだ。
それだけではない。長期的な視野に立った活動というものが、何もできなくなってしまうのだ。侵略に対する防衛活動は、まさに長期的な視野で敵に備える行為だから、それは不可能になる。そうなれば、僅かな兵力でも容易に地球を占領できるはずであった。
先遣隊は、『アンドロメダ執着液』を地球の空にばらまくと、地球各地で混乱が起きるのを確認して帰途についた。
先遣隊による『アンドロメダ執着液』散布成功の報告を聞くと、帝国宇宙軍は予算内で派遣できる規模の小艦隊を地球に派遣した。
ところが、無抵抗の地球に降下して支配権を奪うだけ、と考えていた艦隊は、地球近傍で大艦隊の迎撃を受けて狼狽し、慌てて後退する羽目になった。
帝国の軍人達は首をひねった。地球人に抵抗能力は残っていないはずだが、今時帝国に逆らう別の宇宙人がいるとも考えられなかった。
情報を得るために、帝国艦隊は哨戒飛行中の敵機を拿捕し、パイロットに尋問を行った。
「君らは何者だね?」
「統一地球防衛機構の宇宙軍だ。君たちから地球を守るために組織された」
「地球人なのか?」
「そうだ」
「まさか。『アンドロメダ執着液』が効かなかったというのか? 君たちは、目先の1つのことに集中しないのか?」
「いかにも。我々は目先の1つことしか考えられなくなってしまった。君たちがいう『アンドロメダ執着液』と、それを散布した侵略者である君たちの存在が明らかになって以後、全ての地球人は『侵略される』という目先の問題から目をそむけることができなくなってしまったのだ。それから、全地球人は一丸となって地球防衛のための組織や装備を整備し続けたのだ」
帝国軍人達は思わず顔を見合わせた。
「まったく君たちのおかげだ」と捕虜は嬉しそうに言った。「君たちのおかげで地球から国境が消え、無駄な争いも消えた。資源の無駄遣いも減って、地球はかなり住みよい星になったぞ」
(遠野秋彦・作 ©2008 TOHNO, Akihiko)
★★ 遠野秋彦の他作品はここから!
