(この作品はフィクションであり登場する人名、地名などは全て架空のものです)
時は元号が変わる頃。
繁栄を極めたネズミの根津見一族は、更なる繁栄を手に入れようと、鉄道事業に進出することを決めた。
もちろん、鉄道事業は単に鉄道を建設して運賃収入を得るだけではない。沿線に宅地を開発して、土地を売るのである。鉄道が土地の価値を高め、土地が売れることで鉄道の利用客も増えるという夢のような儲け話なのである。
そして、宅地開発には絶好の場所が選定された。それは小さな山であったが、なだらかで広い南側斜面は多数の住宅を建設するには好適だと思われた。
根津見一族は、この山を買収して根津山と名付けた。
しかし、鉄道を引くには資金集めも必要であり、しばらくの時間を要した。
そこで、この山が横取りされないよう、一族から選ばれた番人が山の番をすることになった。「根津の番」の誕生である。彼は、夜も寝ないで山の番を行った。
最初に、根津山を訪問してきたのは、京の王という壮大な肩書きを名乗る田舎くさい男だった。
京の王は、根津山を見るなり、「何もない田舎の山だな」と酷評した。
「根津の番」はもちろんその言葉にカチンと来た。今は何もなくとも、鉄道さえ通ればここは素晴らしい住宅地になるのだ。
そして、京の王が更に「この山を持て余しているようなら安く買ってやってもいいぞ」と言うので、「根津の番」は武器で脅して京の王を追い払った。一族の繁栄を保証する大切な土地を、安く売るなどとんでもなかった。
次に来たのは川の玉と称する女性だった。付き人達は盛んに彼女を称えた。いわく、彼女は水妖だったが、彼女が住む川では、玉と称されるほどの美しさを誇っているという。
川の玉は、この山を貢げば愛のおこぼれを差し上げても良い、とほのめかした。
だが繁栄を極める根津見一族の一員である「根津の番」は、本当の豊かさ、本当の美を知っていた。川の玉は、いくら「玉」を自称しようとも、単に形が良い砂利でしか無いことが良く分かった。
だから、川の玉の色気に迷うこともなく、彼女と付き人達を追い払った。
それからも、次々と怪しげな者達がやって来て、様々な手段で山を奪おうとした。
「根津の番」はその都度、彼らを撃退した。その鮮やかな手際により、山に来る者達の人数は徐々に減っていった。
山に平穏が訪れた。
「根津の番」は、虫を捕りたいという子供達には、喜んで山を解放した。どのみち、宅地を造成すれば大半は消えて無くなるはずの虫たちである。せめて、生きている間は子供達のために役立っても良いだろう思ったのである。
「根津の番」はいつの間にか、虫好きの子供達の相手をすることが仕事になっていた。そして、山を奪おうとする者を撃退する番人だったことを忘れていた。
ある日、「根津の番」のところに怪しい者が訪れた。実に数十年ぶりだった。
その男は、地方自治体の者だと名乗り、この山を公園にしたいと言った。
「根津の番」は、それを聞いた瞬間に自分の使命を思い出した。
そうだ。
一族の繁栄を保証するこの山を奪おうとする者はすべて撃退しなければならない。
「根津の番」は、武器で脅してその男を追い払った。
その様子を見ていた子供達は「根津の番」の強さを称えた。
そして言った。
「この山はいつまでも僕らの虫取り場所なんだね!」
それを聞いた「根津の番」は慌てた。
「いやいや。あくまで虫取りができるのは、鉄道が開通して宅地として整備されるまで話だよ」
すると子供達は皆驚いた顔になりまいた。
「鉄道? 鉄道が来るの!? いつ来るの!?」
ところが、「いつ」と聞かれても「根津の番」は困ってしまった。だいたい10年ぐらいのうちには……と曖昧なことしか聞いていないのだ。
そこで、「根津の番」ははたと気付いた。彼が番を始めて、既に30年は経過している。予定の3倍もの時間が経ったのに鉄道ができないとは、どういうことか。
「根津の番」は慌てて山を下りて一族に連絡を付けに行った。
ところが、一族の誰も根津山のことなど知らないと言うのだ。
ようやく当時のことを知る者を探し当てると、「根津の番」は質問した。
「30年経っても鉄道が通らない。あと何年待てば通るんだ?」
その者は呆れたように答えた。
「おいおい。何を言ってるんだ。不況で
資金調達ができなくなって、あの計画は3年でポシャったよ。より正確には、いろいろメンツとか利権の問題があるから、失敗でしたとは言わないで、うやむやのまま無かったことにしたんだっけ」
「うやむやのままだと!?」
「あ、そうか。だから君に連絡が行ってなかったんだね」
「根津の番」は、あまりのショックにその場で倒れた。
彼の介護は至れり尽くせりの一族の病院で行われた。一族が繁栄していることは間違いなかった。
(遠野秋彦・作 ©2008 TOHNO, Akihiko)
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