そうなんです。
フェルナンデスは長男です。
長男なので、家を継がねばなりません。
しかし、いくら貴族の家系と言っても、今時貴族だからといって裕福な暮らしができるわけではありません。確かに先祖伝来のお宝は多数あれど、どれも貴重すぎて気楽に換金できるようなものではなく、しかもほいほいと換金していたらすぐに無くなってしまうのも道理です。
だから、フェルナンデスは、借金まみれの赤字の家計を必死になってやりくりしました。
そうこうしているうちに、フェルナンデスの弟、次男が神学の優秀な学業成績で顕彰され、海外留学の申し入れが来るようになりました。海外留学に要する費用を考えるとフェルナンデスは真っ青になりましたが、それでも長男の責任と思ってやりくりして次男を海外に送り出しました。
次は、妹の長女でした。フィギュアスケートで頭角を現し、我が国の誇る氷上の妖精ともてはやされ、オリンピックの有力候補とまで言われるようになりました。しかし、フィギュアスケートを続けるにはべらぼうな金が掛かります。フェルナンデスが青い顔を更に青くしてやりくりを強化しました。
次は弟の三男でした。国内の射撃競技で優勝した三男は、国際大会での活躍を期待されましたが、これまた金の掛かる競技でした。フェルナンデスは、大好きなワインも安物に変えて何とか金を工面しました。
それで終わりかと思いきや、妹の次女が社交界にデビューしてしまいました。それこそ見栄を競うような世界でドレスや宝石にやたらお金が掛かりますが、妹に色目を使う金値貴族も多いとあっては、兄としては手を抜けませんでした。妹が裕福な貴族と結婚できるかは、この社交界でいかに目立つかに掛かっていたのです。フェルナンデスは倒れる寸前になりながら金を用意し、次女は貴族どころか王子にすら注意を向けられる花形になりました。
さて、ここまで頑張ったフェルナンデスですが、世間の評判は良くありませんでした。妹や弟たちは、いずれも各分野で活躍する花形だというのに、フェルナンデスだけは何の取り柄もないと噂していたのです。
もちろん、妹や弟たちはフェルナンデスがいかに驚くべきやりくり術を発揮して彼らを支援しているかを知っていました。しかし、それを知るよしもない外部の者達の陰口は止まりませんでした。
さて、ある夜のこと、フェルナンデスの枕元に神様が現れました。
神様は言いました。
「おまえの弟は神学をよく学んだ。そこで、神が直々に願い事を1つだけ叶えようと言ったのだが、弟は自分の大成は兄のおかげと言い、おまえの願いを1つ叶えてくれと言った。だから、フェルナンデスよ、おまえに問う。おまえの望みは何だ」
フェルナンデスは即座に答えました。
「私がいかに努力して立派な成果を出しているか知っている者が家族以外に1人だけでいいから欲しいのです」
「家族以外ならだれでも良いのか?」
「はい。誰でも良いです」
「その願い、しかと聞き届けたぞ」
翌朝、目覚めてみても、誰もフェルナンデスの努力のことを知りませんでした。
フェルナンデスは、あれは夢だったと思い、そのまま普段通りの生活を続け、天寿を全うしました。
やっとやりくりの苦労から解放されたと喜びつつ 天国に行ったフェルナンデスは、神様と再会しました。
「フェルナンデスよ」
「はい」
「わしは、おまえがいかに頑張っているか、やりくりの才能があるかを知っておる。だから、おまえの願いは叶えたことになる」
「神様! まさか神様が私のことを知ってくれていたなんて!」
「うむ。そこで1つ頼みがある」
「なんでしょう?」
「天国も財政難でな。何しろ人口が増えれば天国に来る者達も増えるのが道理でな。予算が足りないのだ。どうだ、おまえのそのやりくりの腕で、天国を上手く切り盛りしてはもらえないか?」
(遠野秋彦・作 ©2008 TOHNO, Akihiko)
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