何気なく東京荏原都市物語資料館[三田用水]情報交換所Ⅱ~三田用水を巡る討議:記録:情報など~ - livedoor Blog(ブログ)を見ていたとき、そこで紹介されたリンクを辿り、過去に見たことがない地図があることに気付きました。
昭和24年の杉並区の地図です。
この地図には以下の問題があります。
- 折り目が綺麗にスキャンされておらず、見えない箇所がある
- 黒とカラーの印刷にずれがあり、橋と道路が一致しない等の問題がある
とはいえ、戦後間もない地図としては貴重品でしょう。
「下高」の謎 §
さて、下高井戸周辺を見ていて気付いたことは以下の点です。
- 高井戸第三小学校の場所に「文」マークがなぜか2つある (桜上水駅の北西方向。玉川上水のやや北側)
- 1つめの「文」には「高井戸第三」とだけ記されている
- 2つめの「文」には「下高」とだけ記されている
最初、この意味が分かりませんでした。
しかし、ハッと気付きました。
2つめの「文」は中学校を示すマーク(少し太さが違う)であり、これは「下高中学校」を意味するわけです。
「下高中学校」という名称は向陽中学校の学校紹介>>沿革によると、以下の通り昭和22年から31年まで使用された名称です。更に、これが高井戸第三小学校の場所にあったのは昭和22年から昭和24年までの僅か2年たらずに過ぎません。
22. 4. 1 新教育制度に基づき杉並区立下高中学校設立
4.19 鎌田要之助初代校長着任
5. 2 杉並区立高井戸第三小学校開校。入学生121名
24. 4.18 現在地に新校舎落成
25. 9.28 校歌制定
26. 4. 1 小沢政江第二代校長着任
27.11.12 創立5周年式典挙行
31. 3.26 早川田能美第三代校長着任
4. 1 校名を向陽中学校と変更する
(杉並区立高井戸第三小学校開校とは、杉並区立高井戸第三小学校「で」開校したという意味と思われます)
というわけで、戦後の混乱期の僅か2年足らずの位置が記された地図が存在するのは、なかなか鮮烈です。
ちなみに、高井戸小(高井戸駅のすぐ北)も同じような状況です。
「日大前」の謎 §
しかしこれをもって、この地図は昭和22~24年のリアルタイムを反映した貴重な資料……と見なすのは無理があります。というのは、京王線の下高井戸駅が「日大前」と書かれているからです。
WikiPediaの下高井戸駅より
1913年(大正2年)4月15日 - 下高井戸駅として開業。
1938年(昭和13年)3月25日 - 日大前駅に改称。
1944年(昭和19年)6月 - 下高井戸駅に戻す。
つまり、昭和22~24年のこの駅は「日大前」では無かったはずです。
考察 §
というわけで、よくある話ではありますが、この地図は「既存の地図」に対してその時点で地図作製者が把握していた変更点のみを修正し、発行されたものであろう……と思われます。まあ、この当時の状況を考えれば、その方がむしろ自然な成り行きと言えますが。
なかなか悩ましくも難しい話ですが、それもまた地図を見る面白さのうちということで。