私の52町。
それは、T国の独裁者であるT大佐の口癖だった。彼は軍事クーデターを起こし、腐敗した政治家達を一掃した。そして、T国を4つのマークと1から13のナンバーを持つ52の町に再区分した。
2のべき乗数である4と素数である13の組み合わせは世界の全てを体現する完全に理想的な国家像だと常にT大佐は自画自賛していた。
しかし、特にT大佐が腐心したのは完全に理想的な徴税だった。全ての町が完全に同じ税額を納めてこそ、予測可能な国家運営が可能になるとT大佐は考えたからだ。
もちろん、それぞれの町の事情も考えない一律の押しつけは圧政に過ぎず、反発も多かった。しかし、T大佐はそれを全て武力で弾圧した。
さて、そのT大佐にとある噂が流れ始めた。彼はプライベートの場ではしばしば「私の52町」の他に「私のJoker町」という言葉を使うという。その情報は、権力を取って以来、過剰に増えすぎた愛人達を経由して流出した。
外国のマスコミは53番目の町があるのではないか、という問い合わせを繰返しT大佐に行ったが、それは常に否定された。T国の町は52個であるというのだ。
もちろん、真偽を確かめるために、全ての町を訪問して数を数えたいという要望は繰返し出されたが、それらは全てT大佐によって却下された。
さて、Joker町についての疑惑への興味が薄れた頃、T国で原発事故が起った。いや、正確に言えばT国は公式には原発は持っていないことになっていた。もちろん、核兵器の開発も行われていないことになっていた。しかし、内密かつ性急な核爆弾へのアプローチは原発事故という最悪の結果をもたらした。そして、町が1つ瓦礫の山に変ったという噂も流れた。
またしてもT国には外国のマスコミからの問い合わせが殺到した。
もちろん、T国は原発の存在を認めていないので、事故の存在も認めるはずがなかった。
だが、原発事故とあってはマスコミも引き下がらない。
苦慮したT大佐は、思わぬ提案をマスコミに行った。
「皆さんに、全ての町を訪問する許可を与えます。我が国の町は52個しかありません。もし本当に原発事故とやらで町が1つ消えたのなら、51個しか確認できないはずです」
海外マスコミは即座にその提案に飛びつき、町を巡った。そして、確かに4つのマークと1~13の番号を持つ52個の町が全て揃っていることを確認した。どの町も古い建物があり、慌てて作ったダミーという可能性もなかった。
マスコミ関係者は「消えた町は53番目のJoker町だったのかな」と噂し合ったがもちろんT国はJoker町の存在を全面否定した。
その後、一流のマスコミはT国の公式発表を半信半疑ながら流し、三流のマスコミはJoker町が消されたと主張したが、決定的な証拠もなく話はすぐに下火になっていった。
その様子を見守っていたT大佐はほくそ笑んだ。
「しめしめ。騙されてくれたぞ。どの町の代役にも即座になれるJoker町を用意しておいて良かった」
そして、新しいJoker町の建設と、2つめの原発の建設を独裁者の権限で指示した。
(遠野秋彦・作 ©2009 TOHNO, Akihiko)
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