あるところに、とても美しい女性がいました。
その女性を巡って、2人と男が対立しました。
AさんとBさんです。
勉強熱心なAさんは、常に世の中でもAクラスです。
それに対して、BさんはBクラスで歩いていける範囲で全てを解決しようとする安易な傾向がありました。
そこで、AさんとBさんは、すったもんだのあげく、血に弱い女性、Cさんにウケが悪いと考えて殴り合いの喧嘩はやめました。
その代わり、採用されたのが「怖いモノ対決」です。真冬の墓地で、より怖いものを持ってきた方がCさんにプロポーズできるというルールです。
さっそく、Aさんは持ち前の勉強熱心さを発揮し、この世で最も恐れられている人物を調べました。最初は独裁者かと思いましたが違いました。独裁者も殺し屋を恐れているのです。
そこで、Aさんは手を尽くし、「常世の闇」と言われるほどの優れた殺し屋を手配しました。長い黒髪で顔を隠し、どんな要人にも百発百中だといいます。
Aさんは満足し、予定の期日をしっかり守ることを約束させるとそのまま仕事に没頭してしまいました。仕事のできる男こそ、Cさんも好感を持つと考えたのです。
一方のBさんは、昼寝をしながらだらだらと考えました。そこで思いついたのが近所の床屋です。ガミガミとうるさく、近所では恐れられている男です。どう注文しても、結局罰として丸坊主にされると噂です。「坊主にしてやるぞ」と言えば、近所の悪ガキがみんな逃げ出すほど恐れられた存在です。
Bさんは期日ぎりぎりに床屋に決めて約束の夜の墓地に連れて行きました。
ついに、Aさんが雇った殺し屋と、Bさんが連れてきた床屋の対決です。
床屋が白衣にハサミを構えて言いました。
「なんだおめえ、女みたいな長い髪しやがって。坊主にしてやるぞ」
それを聞いて殺し屋が青ざめました。
「ひぃ。この髪だけは切らないで!」
殺し屋は女のように悲鳴を上げて逃げ出しました。
「こっちは世界1怖いが、あっちは町内1強い……」とAさんはがっくりと膝を着きました。
「はっはっは。やはり床屋さんは強いのだ」とBさんは胸を張りました。
しかし、いざ勝者としてプロポーズしようとCさんを振り返ると、姿が見えません。
実は冬の夜の墓地の寒さにとっくの昔に逃げ出した後でした。
殺し屋とAさんとBさんは翌日から仲良く坊主頭になったそうです。
(遠野秋彦・作 ©2010 TOHNO, Akihiko)