あるところに、くしゃみが得意なハックションと読書が得意なドックションという2人の少年がいました。
2人は、同時にお姫様に恋をしました。
お姫様は2人からの求愛を同時に受けると困りました。この国に、1妻多夫という習慣は存在しなかったのです。
そこで、お姫様は2人のうちどちらかを選ぶため、課題を出しました。
「国境に住むという魔王を倒していらっしゃい。倒せた方と結婚します」
ドックションはすぐに得意満面になりました。彼が愛読する本の数々には、魔王を倒す方法は百通りは書いてあったからです。
「楽勝だぜ」
一方で困ったのはハックションです。彼は、魔王を倒す方法を1つも知りません。
「さてこれは困った」
勝った気で優雅に暮らすドックションを横目で見ながらハックションは悩みました。
しかし、もう当たって砕けろとハックションは旅立ちました。そのとき、ドックションはまだ家にいて旅立っていませんでした。ハックションを追い越して移動する方法も百通りは知っていたからです。しかも、先にたどり着いても、ハックションは魔王を倒す方法を1つも知りません。
ハックションは、それでも国境に歩きました。
やがて、ハックションは魔王の居城にたどり着きましたが、ドックションはまだでした。
ハックションは、仕方なく剣を構えると叫びました。
「やあやあ。このハックションが邪悪な魔王を打ち倒してくれようぞ。はやく城から出てこい魔王」
すると退屈そうな魔王が出てきて言いました。
「あまり美味しそうではないが、この人間を朝飯に食べてしまうとするか」
ふと見ると魔王の手にあるのは、剣ではなく胡椒瓶でした。
それを見て、思わずハックションは自分の鞄から同じ瓶を取り出しました。
「それは花丸印の特製胡椒! 私も愛用してます」
「ほう、仲間がいたとはな。して、どんな食事に使っているのだ? 人肉か?」
「そんな共食いするわけないでしょう。僕の使い方はですね……」
ハックションは自分の鼻に胡椒を振りかけて、得意のくしゃみをしてみせました。
「はっくしょん!」
だが、次の瞬間魔王が「うぎゃー」と叫んで溶けていきました。魔王の弱点は水であり、くしゃみに含まれて飛んだ唾液に魔王が溶かされてしまったのでした。
魔王の弱点は水だと知っていたドックションが巨大水タンクにまだ水を準備中の出来事でした。
かくして、約束通りハックションはお姫様と結婚しました。
めでたしめでたし。
(遠野秋彦・作 ©2010 TOHNO, Akihiko)