オレは「ピースコンバット」というジェット戦闘機の空戦ゲームにはまっていた。平和維持軍のエースパイロットになって、平和を乱そうとするとテロリストどもの戦闘機や地上軍を撃破して世界を転戦するのだ。
携帯用ゲーム機で動作するから、もちろん学校にも持ってきた。同じゲームを愛好する仲間と遊ぶためだ。一緒にいれば通信で一緒に出撃できるのだ。
「今日もやるか?」
「どうする?」
「お台場上空に集合!」
「ゲーム機こっそり持ってくるの、忘れるなよ」
そして放課後の教室片隅で、今日も平和維持軍の戦闘機隊は次の敵を求めて出撃するのだった。
ゴキゲンなロックのBGMを聞きながら、敵機をロックオンしてミサイルを発射。命中。敵機1機撃破。しかし、すぐロックオン警告が出る。そのままバレルロールして敵機の後ろに付く。ロックオン。ミサイルを撃とうとすると、敵機がジャマーを使ってロックオンを外してきた。しかし、甘いな。電子機器に頼らなくても機銃を無誘導で当てる腕はあるんだ。そのまま間合いを詰めて機銃を発射。敵機が火を噴いて落ちていく。2機目も撃墜。見ると他の仲間も戦果を上げていた。
オレはアフターバーナーを全開にして次の敵機編隊に向かった。
「やっぱりピースコンバット最高!」
オレが叫んだ瞬間、ゲーム機が取り上げられた。
「なんだ、ノリノリのロックかと思ったらゲームか。ピースなんていうから、てっきりロッカーかと思った」
振り返るとクラスの委員長が立っていた。メガネの女子で口うるさい。黙らせないと、あと大変なことになる。先生に告げ口されると、もうピースコンバットをみんなで遊べなくなる。
「なんだよ。うるせーな」オレは怖そうに言い返した。「ゲームぐらいいいじゃん」
「ベースできる奴を探していたんだけど。とんだ見当違いね」
「え?」
オレは戸惑った。どうやらゲームを問題にしているわけではないらしい。
「バンドのベースが事故っちゃってさ。ロックフェスの選考に出すデモテープが録音できなくて困ってたのよ」
「ギターとベースならできるぜ」
「えっ?」
委員長が驚いて、オレの顔を見つめた。
「兄貴のバンドでさ。人が足りないってオレも入れさせられたから。ベースで。兄貴が怪我したときは、オレがギター任されたこともあるし」
「ねえ、それ本当?」
「嘘なんて言わないぜ」
「じゃ、来て。私たちのバントを助けてよ」
「でもゲームが」
「そんなのどうでもいいじゃない。ロックフェスに出られたら、後でたっぷりお礼をしてあげるから」
そう言ってメガネを取った委員長はけっこう美人だった。
「そ、そうか。お礼ね」
「それも2人きりのね」
「そ、そうか。2人きりのか」
「だから来て」
「わ、分かったよ。行くよ」
行ってみると、バンドのメンバーが待っていた。委員長はキーボードだった。ギターとドラムのメンバーはいても、確かにベースのメンバーが欠けていた。
「こ、こんな感じかな」
オレはベースを借りて少し弾いてみた。
「予想以上にいいよ」と委員長は喜んでくれた。
オレは、バンドに入って演奏することになった。仲間とも上手く行った。
ところが良いことは続かなかった。
なんとボーカル兼ギターの男が事故って入院してしまったのだ。
ギターの代役は見つからなかった。
「楽器のパートなら、シンセサイザーで誤魔化すことが不可能ではないけど。メインのボーカルが欠けちゃねえ」
と委員長も沈み込んだ。
これでこのバンドも終わりかと思ったとき、急に委員長が立ち上がった。
「ねえあなた」
「え? オレ?」
「最初に言ったわよね。ギターもできるって」
「言ったけど、ボーカルは経験無いぜ」
「合唱コンクールで独唱を歌ったじゃない」
「4小節だけだよ」
「いいわ。歌える。ギターも弾ける。あなたが、ボーカル兼ギターよ」
「で、でも……」
「あなたがやっていたあのゲームのBGM。あれもバンドとしてレパートリーに入れて演奏しましょう。それでどう?」
「え? ピースコンバットのロック曲やってもいいの?」
「どう、やってくれる?」
ノーと言うわけがなかった。
「ロックオン、行くぜ!」のオレの叫び声でバンドが唸る。
そのまま俺たちはノリノリでロックフェス委員会に出す曲を録音した。急造バンドの割にいい音が出ていた。これなら審査を通りそうだと顧問教師も太鼓判を押した。
しかし、審査を待つ間、寝ている気は無かった。俺たちはゲリラ的に近所でライブを繰り返して場数を踏んだ。地元では噂が伝わるのは早い。1週間も経たないうちに、固定ファンを持つ地域の人気バンドになりつつあった。
これなら、ロックフェスもばっちりだ。
早く来い来い審査通知。
だが公園でゲリラライブをしていると、別の人たちが来た。
「君たちだね?」
「なんすか、おっさんたち」
「最近、ゲーム曲を無断演奏しているバンドがあると告発があってね」
「え?」
「著作権法違反で罰金刑が科せられると思うが、まあ詳しい話は署で聞こうか」
「いや、オレ、マジすげえピースコンバットのファンなんすけど」
「ファンでもファンタでも関係ない」
全てが上手く行きそうだったのに。委員長と2人だけで過ごせる「お礼」も期待できそうだったのに。
なんという邪魔が入ったんだ。
まるでロックオンしたのにジャマーで外されたような気分だった。こういう時はどうするんだっけ? そうだ機銃を無誘導で撃つんだ。機銃はどこだ?
でも、そんなに都合のいい武器が手元にあるはずはなかった。
(遠野秋彦・作 ©2010 TOHNO, Akihiko)