「やっと分かってきた気がするな」
「何が?」
「仕事が成立しない遠因だよ」
「何気ない一言が相手にクリティカルヒットしてしまうことが原因だったね」
「でも、そんな一言は別に言いたかったわけではない」
「この話はどこかおかしいぞ」
「そうだ。別に言いたくもない一言で話が壊れるのは筋が通らない。おかしいんだ」
「問題はそこだね」
本来の仕事というのは §
「本来、仕事というのは、別の誰かがやりたいことを私が代行することで成立する。そして代価を頂く。それだけだ。やって欲しいこととその値段が提示され、それが採算に乗れば引き受ける。それだけだ」
「話は簡単だね」
「この取り引きが成立する限り、何も問題は無い」
「しかし現実には成立していないわけだね。なぜだい?」
「問題は2つある。1つはシステムの枠内問題。もう1つはシステムの枠外の問題だ」
「枠内の問題ってなんだい?」
「私にAはBだと言え、という意図を仕事として発注することはできる。スポークスマン、エバンジェリスト、宣伝マン、用語は何でもいいが、ともかくできる。これはいいね?」
「常識的にあり得るな」
「では、C社からの依頼でAはDであると既に書いていたとしよう。そういう仕事を既に引き受けていたとする」
「うん」
「そこで、AはBだと言う仕事を引き受けると、見かけ上自分の発言は矛盾してしまう」
「そうだね。だから引き受けられない?」
「そうでもない。意見を変えましたと言えば、いくらでも違うことを言える。それは実際には問題ではない」
「じゃあ、何が問題なんだ?」
「これはC社の顔に泥塗ることになる。従って、C社との関係は冷え切り、今後仕事はもらえないかもしれない」
「それじゃ大損害じゃないか」
「それに見合った報酬があれば、大損害とも言えない」
「えっ? あ、そうか。つまり金額の問題に還元できるのか」
「だからさ。そういう意味で、過去の発言と矛盾することを言えという仕事の依頼はあり得るし、引き受けることは可能だ。ただ、割高になるというだけのことだ」
「そうか。かなりドライな割り切りだね」
「そうさ。おいらは何も信仰してないからね」
「じゃあ、なぜ仕事を引き受けられないのかい?」
「割高の金額を提示するどころか、かえって割安の金額を提示されるか、下手をするとタダという要求が来るからさ」
「ええっ?」
「つまり、一昨日きやがれ、と塩をまくレベルの話だ」
「もうちょっと丁寧な言葉で頼むよ」
「つまり、相手の立場に立って考えられないということだ。前に、ネットの病理の要約として提示したこともある概念だけどね」
「そうか。相手がどういうことをやってきた人間か把握していれば、明らかに通らないことが容易に想像できる要求だってことだね」
もう1つの問題とは? §
「じゃ、もう1つの枠外の問題ってなんだい?」
「このシステムは、基本的に『やってほしいこと』と『報酬』だけで、発注者と受注者の関係が決まる。これだけで済めば特に問題は無い」
「うん」
「ところが、しばしばここにもう1つの要素が入り込んでくる」
「それはなんだい?」
「『君の意見』だよ」
「え?」
「しばしば、発注側は受注側にどうしらいいだろうか、と意見を聞く」
「そうなんだ」
「しかし、これは余計だ。なぜなら、こちらは『あなたのやりたいことを代行しましょう』という立場で来ているのであって、自分のやりたいことをやりに来ているわけではない。本当の自分のやりたいことをやるのなら、そもそも別の誰かのところになど来ないで自分でやっている」
「まあ、確かにそうだね。自分のやりたいことをやるなら、別の誰かは必要無いよね」
「もちろん、意見を述べたり計画を立てるという仕事もあって、それはそれでいい」
「でも、そういう仕事じゃないんだよね」
「そうだ。あくまで、本来の仕事は別にある」
「本来の仕事を人質に取られているから、何か言わないとならないね」
「そうだ。なので、できるだけあたりさわりの無いことを言うわけだ」
「なのに、クリティカルヒットしてしまうわけ?」
「その通り。お釈迦様もびっくり」
君はどうすべきか? §
「じゃあ、君はどうしたらいいと思う?」
「私の立場はあくまで『あなたのビジネスをお手伝いする』立場であり、別に意見なんて言う気はない。というか、どのみち大したことは言えない。『あなたのビジネス』をろくに知りもしないし、まして客の行動は予測不能だ。絶対に上手く行くとも絶対に失敗するとも言えない。万一、成功があり得ない計画でも、途中で修正して上手い場所に軟着陸できる可能性もある。だから、意見なんて言っても意味がない。聞いても意味がない。ただの気休めだ」
「それで?」
「だからさ。そこはサービスでも意見を言うべきではなかったところなんだよ」
「発注者側もわざわざ意見を聞くべきではないところだってことだね」
「あえてそういう意見を述べる仕事を発注するなら別だけどね。世間話程度で初対面の相手にビジネスの見通しや業界の情勢などの話を聞いてもほとんど意味のある答えは期待できないだろう?」
「プログラムを書いて欲しいのなら、明快な仕様と報酬を提示して他には余計なことは言うなってことだね」
「口は災いの元っていうことわざもあるしな」
「自戒もありそうだな」
「まあな。それに計画が素晴らしいからディスカウントしろという話も通らないから。念のため」
「どうして?」
「予算が足りないのは、実はたいていの場合、計画が言うほど素晴らしくないことの兆候だからだ」
「わははは」
「まあ予算が十分なら素晴らしいとも言い切れないけどな」
「それもきついな」
「だから、計画が素晴らしいかどうかは計画した人と出資した人の問題であって、こちらにはあまり関係無いことなんだよ。こちらにとって重要なのは書けるプログラムであるかということと、報酬が採算に乗るかってことだけだ」
「ドライな割り切りだね」
「そうさ。仕事というのは、自分を殺して相手に奉仕することなんだ。自分を殺す以上、ウェットな情なんて二の次、三の次さ」