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2011年04月07日
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面白ショートショート『驚くほどにグラインダー』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 僕は料理なんてできなかったけど、コーヒーには自信があった。だから、大学1年の夏のバイトは、迷わずコーヒーショップを選んだ。

 バイトの初日、僕は支給された制服を着て先輩達の前に出た。

 「こう見えても、コーヒーミルの扱いには自信があります」

 すると先輩達は笑った。「店で使うのはミルじゃなくてグラインダーっていうんだよ」

 僕は消えて小さくなりそうになった。どうやら家庭内の自信など、取るに足らない小さなものだったらしい。

 しかし、コーヒーに対する味覚はまあまあ認められて、一生懸命下っ端として仕事をすることはできた。不幸中の幸いという奴だ。

 実際に仕事をしていると、驚くことばかりだった。コーヒーの善し悪しは少しぐらいは分かるつもりだったが、客の判断は違っていた。先輩達はそれに逆らわないで言う通りにコーヒーを入れた。もちろん、先輩達は知識も十分で、客の意見に同意しているわけではなかったが、客の言う通りにコーヒーを入れた。これがプロなのだと僕も納得させられた。知識自慢は客の役目なのだ。

 そのうちに分かってきたのだが、この店で最も迷惑な客はいつもブルマンを注文するオヤジだった。ウェイトレスにいつも「ブルマブルマ」と注文する。ウェイトレスが、「そのようなメニューはありません」と抗議すると、「ここにあるじゃないか」とブルーマウンテンを指さす。女性のウェイトレスを恥ずかしがらせるために、わざとブルマブルマと言っているだけなのだと、先輩達はウワサしていた。要するに、セクハラオヤジである。

 ある日、列車事故が起きて先輩達は店に来られなくなってしまった。幸い、徒歩圏内に下宿があった僕だけが店に出ることができた。それで何とか最低限の運営はできるはずであった。

 しかし、運が悪いことに、そういう日に限ってブルマ大好きブルマンオヤジが来たのだ。

 「いらっしゃいませ」

 「おい、女のウェイトレスはいないのか?」

 「あいにく、今日は列車事故の都合でおりません」

 「でもまあいいか。君もなかなか初々しくて可愛いじゃないか。じゃあ1つブルマを頼む」

 こ、こいつ……、男色の気もあるのか。まあ戦国武将も少年をそのために戦場に連れて行ったと言うし。でも、大人しく恥ずかしがってなどやるものか。

 僕は平然と「ブルマですね。かしこまりました」と平然と頭を下げて奧に戻った。そして、裏口から出ると隣のスポーツ用品店でブルマを買い込み、すぐに戻った。

 「お客様、ブルマでございます」と僕は買ったばかりのブルマを客に見せた。

 狼狽したのは客の方だった。「私が頼んだのはそれではなく、飲み物の方だ」

 「かしこまりました。ただちにグラインダーで引いて飲めるように致します」

 僕は、奧に戻るとブルマをグラインダーに放り込んだ。客が慌てて追いかけてきて、謝った。「すまん。違うんだ。ブルマじゃない。ブルマン。ね、分かるだろ? あくまでコーヒーのブルーマウンテンだからさ」

 「では、このブルマはいかがいたしましょうか」

 「無駄な出費をさせたようだね。私が買い取るよ」

 「分かりました」

 僕はお金を受け取ってブルマを渡した。

 「これでブルマは私のものだから、どう使っても自由ということだね?」

 「でも、他のお客様の迷惑になりますから、自分ではくなどと仰らないでくださいよ」

 「言わない言わない。当たり前だろ」

 僕はホッとした。

 「じゃあ、あらためて注文してもいいかな?」

 僕はウェイターの顔に戻って注文を受け付けた。

 「なんなりとご注文ください」

 「君にこのブルマを進呈しよう。そして注文はブルマンを」

 「ブルマンとブルマにどんな関係があるんですか」

 「いやだから君がこのブルマをはいてコーヒーを持ってきてくれないか」

 「なんで僕はブルマはいてブルマン運ばなきゃならないんですか」

 「ほら。だって、ブルマをはいた男、略してブルマンだから」

 僕はセクハラオヤジを殴り倒した。あまりに大きな音に、他の客が驚いてこちらを注目した。

 僕は後で店長からは怒られたが、先輩達特に女性の先輩達から賞賛された。

(遠野秋彦・作 ©2011 TOHNO, Akihiko)

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