「実は予想以上に面白かった」
「えー。だってこれ、要するにイロモノじゃないの?」
「某コミックの作中コミックのノベライズという体裁なのだが、それは横に置いても面白かった」
「なんでだよ」
「コミックのノベライズというのは、つまらなくなるケースも多い。まあ、あまり手を出さないのはそういう理由もあるのだけどね」
「なぜつまらなくなるの?」
「表現形式が違いすぎるからだ。その違いは内容にすら影響するほどの差異をもたらす」
「何が違うんだい?」
「コミックは基本が絵だから、描けるものはすぐに説明できる。しかし、ノベルになると話が変わる。文字という一種の記号で書かれるノベルは目に見えない抽象概念を表現するのに適している」
「具体的には?」
「『彼は右から2番目の女の子が好きだ』というのは小説だと簡単だが、コミックでは簡潔に表現するのは難しい」
「それで?」
「だからさ。小説として面白かったのは、そういう問題に有自覚的でラッコ11号の内面描写が主だからだよ。読んでいて、ラッコ11号に感情移入できるのか、という点が最重要であり、それは『おかしな行動を取るラッコ11号を見て笑う』というコミック的な視点とは違うものなんだ」
「そうか」
「それを差し置いても中身は面白い。そもそもラッコ11号の得意技である腕を岩石にするという特殊能力、これがぜんぜん役に立たない。むしろ日常生活では邪魔。そもそも、ラッコ人間がなぜ存在するのかの理由も語られず、話がとてもシュール。でもさ、ラッコ11号の苦悩は本物で、感情移入可能なので、問題にならない」
「えー」
「人間は誰でも自分が産まれた理由なんて分かってないものさ。だから、それ抜きでも話は転がっていく」
「そうか」
「あとは登場人物としての吉田が面白いよね。特定の個人なのか、吉田と名乗る他の人間もそうなのか混濁しているが、そこが面白い」
「心理的な曖昧領域ってことだね」
「そうだな」
「それで、まとめるとどうなる?」
「うん。ラッコ11号は真剣に生きているのだが、結果に結びつかない。そこに笑いと悲哀がある」
「喜劇は最大の悲劇ってことだね」