2022年05月21日
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永福寺雑記と所沢街道の問題に進展があった

Written By: 川俣 晶連絡先

「中川一政の武蔵野日記に含まれる永福寺雑記には、永福町に所沢街道という記述があり、謎であった」

「それで?」

「以前、都立図書館まで行ったが、昭和22年の版しかなく、昭和2年の版もあるような記述もあったが実際にはなかった。でもこれはおかしい」

「何がおかしいんだい?」

「昭和2年の本に、昭和8年開業の井の頭線の話が書けるわけがない」

「確かにその通りだ」

「しかし、戦前の版があったことは間違いない。井の頭線開業直後の話が書いてあるからだ」

「なるほど」

「国会図書館デジタルコレクションの個人送信が開始されたので軽く調べたところ、ここには昭和9年の版があった」

「それなら井の頭線開業直後だね」

「おそらく、この昭和9年の版が初版だろう。雑誌掲載などは除外すればね」

「では、これが初版だとしてどうだった?」

「しっかり、【所澤街道を出た処に驛が出来、永福町と云う名が付いた】と書かれていた」

「最初から所沢街道の表記だったわけだね」

「そうだ。ひとまず改訂版の誤植説を検証するために調査はこれで終了としたい。改訂版の誤植ではなかったと考えられる」

考察 §

「これが誤植だとして、訂正されないということは考えられるかい?」

「昔の本は割とミスを残して何回も印刷されているので、あり得ると思う」

「誤植だとすると、本来の表記は何だと思う?」

「似た名前の街道ではないかと思うのだが。そこははっきりしない。街道ではなく廃道という可能性もある。この文には廃道という言葉も使われているのだ」

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