アキハバラ奇譚ズ 第5話 『荒木羽場奇譚』より続く
「編集長! 今度こそ素晴らしい奇譚を発見しました!」とボケ太が編集部に息を切らせながら飛び込んできた。
「もうパパママ電気店の話はこりごりだ」
「それは言わないでくださいよ。ちょっと反省しているんだから」
「反省だと?」とまるで反省の色が見えないボケ太の顔を見ながら私は信じられないと思った。
「そうです。反省です。真の奇譚を探さなくてはなりません。それこそが我が雑誌の使命ではあませんか!」
珍しく正論を言うボケ太に、私は少しだけ期待をした。
「で、どんな奇譚を見つけたんだ?」
「題して、『肋は木奇譚』です。セクシーアイドルの木更津ハニーって知ってますか?」
「オタクに人気があるとか言う、あれか? メイド服で歌を歌うという、訳のワカランパフォーマンスをするとかいう」
「そうそう。オタクに大人気だからアキハバラでもよく見かけるんです。取材中に、ミニライブにも偶然遭遇して生ハニーちゃんも堪能できましたが、アキハバラで売っているハニーちゃんグッズもグッと来る行けてるのが多くて目移りしちゃうし」
「おまえの趣味はどうでもいい。それで、その木更津ハニーがどうしたんだ?」
「そうそう。それですよ」とボケ太は嬉しそうにポンと手を叩いた。「ある日、アキハバラの街角で、ぼ~っとハニーちゃんの巨乳に見とれているとですね。マニアが会話をしているのが聞こえたんですよ。あのハニーちゃん、実は肋骨が木製なんだって」
「なに、肋骨が? 木でできている? どういうことだ?」
「骨が折れて、緊急に代用品として入れたらしいんですよ。何しろ、ハニーちゃんと来れば売れっ子だから。とりあえず、人前に出せる格好にしないといけなかったようです」
「ちょっと待て。それはスクープだぞ。どこの週刊誌も、そんな記事は載せてないぞ」
「え、週刊誌? そんなに凄いスクープですか?」
「当たり前だ」と私はボケ太をポカリと殴りつけるような口調で言った。
「一般週刊誌もマニアックになったものですね」
「それより、もっと詳しく話を聞かせろ。肋は木だという証拠はあるのか?」
「バッチリです。証拠写真を撮ってきました」とボケ太はポケットからデジカメを取り出した。
「なんだと!」私はボケ太のことを誤解していたと思った。彼はやるときにはやる男だ。
私はボケ太から奪い取るようにデジカメを手にすると、さっそく画像を液晶画面に表示させた。
暗いところで撮影したらしく、荒れた画像が表示された。
不鮮明な画面の中に、上半身と下半身がまっぷたつに分かれた女性の身体が見えた。
まさか、ボケ太の奴、証拠写真を撮るなどと言って木更津ハニーの身体をまっぷたつに切ってしまったのか。それじゃ取材の範囲を超えた致命的な犯罪行為だ、と思ったがなぜか血がまったく流れていない。
あらためて落ち着いて良く見ると、等身大の人形であることが分かった。写真は地面に転がった上半身の内部が見えるようなアングルで撮影されいて、確かに内部には木でできた肋骨状の骨組みが見えた。他の箇所は、もっと上等な乳白色の材料でできていたが、肋だけ木製に見えた。
私は顔を上げて嬉しそうなボケ太の目を見た。
「それで?」
「深夜、誰も見ていないときにこっそりと忍び寄って、下半身から上半身を取り外したんですよ。それで慌てて撮影。いや~、店員さんが店内にしまい忘れてくれたおかげで、ばっちり証拠写真が撮れました」
「これは木更津ハニーではなく、木更津ハニーの人形だろう」
「え、最初からそう言っていたつもりですが。それがどうかしましたか?」
「これが奇譚だというのか?」
「そうです」とボケ太は胸を張った。「人間そっくりの感触の新開発ハニー材で作られたと宣伝されている等身大ハニー人形は大人気なんですよ。マニアは大人のむふふ機能も改造して取り付けているぐらいで。その大人気ハニー人形のいちばん目立つ展示品がですね、実は新開発ハニー材ではなく木で補修してあるなんて、とても驚きじゃありませんか」
「それで?」
「みんな木で補修した胸をさわって、さすがハニー材なんて感動しているんですよ」
「そんな話はマニアにしかわからん!」私の蹴りが決まって、ボケ太の身体が軽やかに宙を舞った。
「もう一度取材に行ってこい」と私は出口をまっすぐ指さした。
「実はハニー材ってコーディングした木材だったりして、というオチまで考えたのになぁ」と宙を舞ながら他人事のようにボケ太がつぶやいた。
アキハバラ奇譚ズ 第7話 『羽原亜希奇譚』に続く
(遠野秋彦・作 ©2004 TOHNO, Akihiko)
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