2005年07月07日
遠野秋彦の庵小説の洞 total 3079 count

メイドのプリンセス メイディー・メイ 第13話『メイド服だけが欲しかったご主人様と、オマケで買われたメイド本人』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 君は知っているか。

 美しく可愛く献身的な少女達からなるメイド達。

 そして彼女らのご主人様となるオターク族。

 その2種類の住人しか存在しない夢の中の世界を。

 ある者は、桃源郷と呼び。

 またある者は、狡猾なる悪魔の誘惑に満ちた監獄と呼ぶ。

 それは、どこにも存在しないナルランド。

 住人達がボックスマン・スーフィーアと呼ぶ世界。

 そして、悪魔と取引したたった一人の男によって生み出された世界。

前回のあらすじ §

 新人メイドのオークションは終了した。

 メイは、ご主人様の一人、鉄鎖より破格の金額で落札された。しかし、メイドに冷たい鉄鎖が、なぜメイを競り落としたのだろうか。

 その理由が今明かされる。

 オークション編に続き、メイド労働編の開幕!!

 第12話より続く...

第13話『メイド服だけが欲しかったご主人様と、オマケで買われたメイド本人』 §

 メイは掃除の手を止めた。

 そこは、玄関の入り口を入ったエントランスホールだった。中央に設置された大きなガラスケースの内部に展示されているのは、トルソーに着せられたメイのメイド服だった。ティーがメイに着るように命じ、そしてご主人様達がオークションで目の色を変えて見ていたあの旧式なメイド服だ。

 結局、あの日以来、このメイド服を着ることは許されていない。メイのご主人様となった鉄鎖が、それを許さないからだ。

 その代わり、メイには最新流行の機能的なメイド服が与えられている。メイド服の選定はメイ自身に任され、鉄鎖は口出ししなかった。それゆえに、まさにメイは自分が着たいと思っていた最新流行モードのメイド服を手に入れることができた。それを着てお屋敷を掃除を行う今の自分は、まさにメイが夢見たメイドの姿そのものと言えた。

 それなのに、メイはまったく嬉しいとは思わなかった。

 なぜなら、メイが鉄鎖に引き渡されて最初に言われた言葉があまりにも痛烈だったからだ。

 鉄鎖に連れられてオークションの会場を出ると当時に、鉄鎖はこう言った。

 「誤解の無いように言うが、私が買ったのはそのメイド服だ。おまえはメイド服とセットでついてきた要らないメイドに過ぎない。だから、それを汚したり痛めないように細心の注意を払うように。それがおまえの最初の仕事だ」

 メイは、鉄鎖からどのような言葉を投げかけられるか分からないと思い、それなりの覚悟を決めていたつもりだった。しかし、その覚悟をもってしても受け入れることができないほど悲しい言葉だった。

 どのような命令であろうと、それが自分のメイドに対する要求なら、メイドは一生懸命それを達成するために努力する価値がある。だが、この命令はそうではない。鉄鎖の命令は、メイドへの要求ではなく、メイド服の運搬係への要求に過ぎない。

 鉄鎖はオークション会場から直接衣料品店に向かい、そこでメイの新しいメイド服を購入した。それは、お目当てのメイド服が痛む可能性を遠ざけるための処置であった。旧式のメイド服は丁寧に畳まれて仕舞い込まれた。

 その後、「メイドを路頭に迷わせる趣味はない」と鉄鎖はメイに告げた。

 つまり、メイドは足りているが、屋敷に来てメイドの仕事をこなせというのだ。

 それを聞いて、メイは安堵した。少なくとも、ご主人様に捨てられた哀れなメイドという最悪の境遇に陥る可能性だけは無くなったのだ。しかし、いやしくもメイド修行のために身分を隠してメイドとしての仕事を体験するメイドのプリンセスであるメイにとって、とても納得のできる状況とは言えなかった。

 つまり……。

 メイは目の前のガラスケースの中身を見つめて思った。

 いくら特別な価値があるとはいえ、たった一着のメイド服よりも、メイの存在価値は劣るものだと評価されてしまったのだ。

 それが素直に納得できるはずはなかった。

 そもそも、鉄鎖はメイドの素晴らしさを全く理解していない節がある。

 その証拠が、鉄鎖の屋敷に以前からいるただ一人のメイドだった。メイは玄関入り口脇で、郵便物を整理している彼女を見た。名はメイン・ノノ・ロイーズという。名前が長いのは、自ら命名する権利を行使するご主人様に2回お仕えしたことを意味する。名前の書き換えは1回しか許されないので、2回目は元の名前に追加される制度なのである。そして、命名権を行使するご主人様はけして多数派ではない。それに2回もお仕えしたと言うことは、その何倍も多くのご主人様の間を転々としてきたことを意味する。当然、年齢も高い。このようなメイドは、たいていは敬遠され、メイドを引退することになる。経験の多いメイドは、ご主人様が自分の色に染めにくくなるためだ。だが鉄鎖は、このようなメイドを採用するだけで満足し、他のメイドを雇うようなそぶりも見せない。

 一方、二軒隣の屋敷には、同じオークションで競り落とされた新人メイドが一人いたが、彼女は既に彼女のご主人様の色に染まりつつあった。彼女は、メイド服ではなく、スクール水着と称する衣服で労働することを要求され、ご主人様はそれを見ながら、身悶えするのだという。

 用事をこなすために出た屋敷の裏道でばったり出会った彼女からその話を聞いたとき、彼女は心底ご主人様にお仕えする喜びに満たされていた。まさに、彼女はご主人様にとって価値ある存在になりつつあったのだ。それは、メイドとして目指すべき目標の達成とも言えた。

 それに引き替え、メイの立場は惨めなものだった。鉄鎖はメイを自分の色に染めようとはまったくしなかった。メイが命じられたのは、先輩メイドのノノ・ロイーズの下について家事一切をこなすことだけだった。

 メイは考えるのをやめた。

 そして、止まっていた手を動かした。掃除はメイドの仕事であり、それを中断すべき理由は何もない。掃除の手を止めたことは、メイドとしての最後のプライドを捨てることのような気がして、メイの身体は小さく震えた。

 その時、玄関の呼び鈴が鳴った。

 メイはサッと緊張した。

 来客を迎えるというのは、ご主人様の代理として行動することを意味する。そこでへまをすることは、ご主人様の顔に泥を塗ることになる。しかし、ご主人様である鉄鎖のことをまだ理解できないメイに、はたして的確な来客への対応ができるだろうか。

続く.... §

 掃除中にやって来た訪問者。

 はたして鉄鎖の屋敷にどのような用件なのだろうか?

 そして、メイは来客に的確に対応できるのだろうか?

 次回に続く!

(遠野秋彦・作 ©2005 TOHNO, Akihiko)

★★ 遠野秋彦の長編小説はここで買えます。

遠野秋彦