成城紅茶館の事情
紀伊國屋書店

2007年08月14日
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成城紅茶館の事情 スエカネクミコ 少年画報社

Written By: 川俣 晶連絡先

 うーん、これはやられた。

 良くできた面白いコミックスです。

 内容は、ホモ、レズ、性転換です。

 と書くと変態コミックスか、マニアック18禁コミックスのようにも思えますが、そうではありません。

 さて、これらの主題は単独では何ら珍しいものではありません。

 ホモは、いわゆる女性オタク層が支持する801の世界であり、レズは「マリアさまがみてる」のような男性オタクが支持する典型的作品例として存在します。そして、性転換も固定的な支持層のあるジャンルで、「ボクの初体験」のような古典的名作を初めとして長い歴史があります。

 しかし、それらの主題を単独で描くことと、1つの作品で連携させて扱うことは同じではありません。

安定しないジェンダー §

 これらの主題は、単独で扱う限り「安定している異常なジェンダー状態」として機能します。ホモもレズも性転換も、それは「異常」な状態ではありますが、それ自体は安定しています。当事者のジェンダー観は一時的に揺れるかもしれませんが、状況を受け入れる、あるいは排除することによってジェンダーは安定します。

 ところが、この作品では、ジェンダーそのものが恒常的に不安定化します。

 まず主人公は、紅茶を飲むと女性化するという異常体質になります。そして、好きだった女の子が実はレズであり、女性化主人公を熱烈に愛してしまう(男の主人公には極めて冷淡)という状況に陥ります。

 ここで主人公が持つジェンダーは決定的に矛盾状態に陥ります。彼が持つ「大好きな女の子と仲良くなり無い」という行動は、本能から出た行動ではありますが、彼自身が持つ「男」としてのジェンダーによって正当化されます。それにも関わらず、その目的を達成するためには、「女」としてのジェンダーを持って振る舞わねばなりません。身体の方は綺麗さっぱり「男」と「女」の間を切り替わりますが、ジェンダーは必ずしも明確に切り替わるわけではないのです。

 この問題は、主人公の誠意を欠いた友人との関係で、より顕著になります。この友人は、主人公が男であることを知った上で、目の前で女性化させて襲おうとします。行為を行う瞬間さえ「女」で有りさえすれば、その相手に対して好意的に振る舞うことが出来る……というのは、ノーマルでもなければホモでもない、ある種の中間状態になります。ここで、そのような状況に向き合うジェンダーに対する自意識も曖昧化してしまいます。主人公は、乳首が立ってしまった自分を「まるで女のように」恥ずかしがります。

作品構成上の面白さ §

 主人公は、当初、あくまで「女の身体」を持つ「男」としてのジェンダーを持っています。

 しかし、「女」であることの長所(好きな女の子に迫られる、バイト代が上がる)によって、徐々に「女の身体」を持つ状態に馴染み、それに応じて「女」としてのジェンダーを振る舞うようになります。

 ウェイトレスとして働く服も、当初は男の地味な服であったものが途中からミニスカの可愛い服になり、マスターに「はい、あ~~~ん」と食べ物を差し出したり、更には水を胸にかけられて乳首が透けて見えると女のような悲鳴を反射的に上げるようになります。

 このような経緯は、彼が「女の身体」から得ている多大なメリットからすれば当然の成り行きといえます。しかし、それにも関わらず普段の彼は「男の身体」を持った純然たる「男」であり、「男」のジェンダーを振る舞っていることも事実です。

 このような構成は実は特異的です。

 たとえば「ボクの初体験」では、女のジェンダーを獲得することは「男に戻れない危機」として描かれ、「らんま1/2」では特殊な状況を除くと常に「男に戻る」ことが主人公の目標として堅持されています。

 それに対して、この作品は「女」のジェンダーと「男」のジェンダーの双方を受容した上で、その間で不安定的にジェンダーが揺れる状況を肯定して描いて見せています。

 それは、「肉体的な性別」と違って必ずしも明確ではない「ジェンダー」ってそもそも何なのよ……という問い掛けを放っているようで、興味深いですね。

 もちろん、ジェンダーというのは社会的な慣習、あるいは本人の思い込みに過ぎないわけで、明確な答はありません。答のない世界を彷徨う誠実なドラマは、たぶん最も心の栄養になる読み物です。

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