2008年01月03日
川俣晶の縁側亡き父の思い出total 8688 count

美野川鉄道列車運行表・亡き父の手書きのHOゲージ用ダイヤ

Written By: 川俣 晶連絡先

 家を整理しているときに、一昨年に亡くなった父、川俣修が書いたHOゲージ用のダイヤが出てきたので見てみましょう。

 ちなみに、この当時「HOゲージ」という通称が使われていたため、ここでは1/80、16.5mmゲージを(不正確ではありますが)HOゲージと表記します。

美野川鉄道列車運行表

美野川鉄道とは §

 父と父の友人2人、計3人によって作られたOゲージの架空鉄道が美野川電鉄。美野川とは3人の名前の文字を並べたものだと言います。(川=川俣の川)

 その後、父がOゲージからHOゲージに移行した後、SLやDLも抱えるようになったので、父の鉄道模型に関しては、電鉄を鉄道に直しました。これが美野川鉄道です。

 父の美野川鉄道の本来のレイアウトは、カワイの木製道床の線路を使ったお座敷レイアウトで、1本の長いエンドレスとしても使える複線エンドレスのものです。

 上のダイヤの下に描かれた線路は位置は、これとは違うものです。同じ線路を使って別の形に組み上げるものとして構想されたと思われます。

時間と駅名 §

 時間は実時間ではなく架空時間と思われます。

 駅名の新東京、本高井戸、美野川はすべて架空のものです。

列車 §

 普通(PC)は、おそらくカツミのスハ43系(茶色)。牽引機は、SLはおそらくD51(メーカー不詳)、ELはおそらくEF57(天賞堂)、DLはおそらくDF50(茶色、メーカー不詳)だと思います。

 ちなみに余談ですが、DF50の写真を探しても茶色はまず無いので、登場初期のモデルではないかと思います。スハ43系だけでなく、軽量客車(10系、天賞堂)も茶色で所有していました。

 普通(100)というのは、父が自分でデザインして作ったフリーランスのペーパー車体の旧型電車です。100型と称します。これも茶色です。

 急行(165)は、カツミの165系です。しかし、フル編成で走らせるときはなぜかカワイの153系のM+M'を編成に挟んでいたのは謎です。そっくりなので違和感なく編成に収まりましたが。ちなみに、この165系はもともと非冷房のモデルでしたが、父が自分でクーラーを取り付けました。このダイヤが取り付け前か後かは分かりません。

 特急(181)というのは、カツミの181系です。モハのペアだけでなく、モロのペアもありました。

感想 §

 実際にこのダイヤ通りの運転が行われたか否かは良く分かりません。

 ちょっと無理があるような気がしますが、やれば可能だったという可能性も否定できません。

 ただ、「エンドレス運転は実感的ではない。end-to-end運転をやろう」といった言葉に積極的に乗っていく「新しさを求める」資質の濃い人であった……ということは言えるかもしれません。茶色の車両が多いのは、保守的なのではなく、手を出すのが早すぎただけかもしれません。(ただ、スハ43系に関しては、青い客車が一般的になった時代だと思うので、手持ちのロコに見合った客車として茶色を求めた可能性はあり得ます)

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 家を整理しているときに、一昨年に亡くなった父、川俣修が書いたHOゲージ用のダイヤが出てきたので見てみましょう。

 ちなみに、この当時「HOゲージ」という通称が使われていたため、ここでは1/80、16.5mmゲージを(不正確ではありますが)HOゲージと表記します。

美野川鉄道列車運行表

美野川鉄道とは §

 父と父の友人2人、計3人によって作られたOゲージの架空鉄道が美野川電鉄。美野川とは3人の名前の文字を並べたものだと言います。(川=川俣の川)

 その後、父がOゲージからHOゲージに移行した後、SLやDLも抱えるようになったので、父の鉄道模型に関しては、電鉄を鉄道に直しました。これが美野川鉄道です。

 父の美野川鉄道の本来のレイアウトは、カワイの木製道床の線路を使ったお座敷レイアウトで、1本の長いエンドレスとしても使える複線エンドレスのものです。

 上のダイヤの下に描かれた線路は位置は、これとは違うものです。同じ線路を使って別の形に組み上げるものとして構想されたと思われます。

時間と駅名 §

 時間は実時間ではなく架空時間と思われます。

 駅名の新東京、本高井戸、美野川はすべて架空のものです。

列車 §

 普通(PC)は、おそらくカツミのスハ43系(茶色)。牽引機は、SLはおそらくD51(メーカー不詳)、ELはおそらくEF57(天賞堂)、DLはおそらくDF50(茶色、メーカー不詳)だと思います。

 ちなみに余談ですが、DF50の写真を探しても茶色はまず無いので、登場初期のモデルではないかと思います。スハ43系だけでなく、軽量客車(10系、天賞堂)も茶色で所有していました。

 普通(100)というのは、父が自分でデザインして作ったフリーランスのペーパー車体の旧型電車です。100型と称します。これも茶色です。

 急行(165)は、カツミの165系です。しかし、フル編成で走らせるときはなぜかカワイの153系のM+M'を編成に挟んでいたのは謎です。そっくりなので違和感なく編成に収まりましたが。ちなみに、この165系はもともと非冷房のモデルでしたが、父が自分でクーラーを取り付けました。このダイヤが取り付け前か後かは分かりません。

 特急(181)というのは、カツミの181系です。モハのペアだけでなく、モロのペアもありました。

感想 §

 実際にこのダイヤ通りの運転が行われたか否かは良く分かりません。

 ちょっと無理があるような気がしますが、やれば可能だったという可能性も否定できません。

 ただ、「エンドレス運転は実感的ではない。end-to-end運転をやろう」といった言葉に積極的に乗っていく「新しさを求める」資質の濃い人であった……ということは言えるかもしれません。茶色の車両が多いのは、保守的なのではなく、手を出すのが早すぎただけかもしれません。(ただ、スハ43系に関しては、青い客車が一般的になった時代だと思うので、手持ちのロコに見合った客車として茶色を求めた可能性はあり得ます)

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