2016年07月30日
トーノZERO映画感想total 333 count

感想・映画「ちえりとチェリー」【ネタバレ注意】

Written By: トーノ・ゼロ連絡先

「まず、なぜ見ようと思ったの?」

「直接的には、数日前にユーロスペースに桃太郎海の神兵を見に行った時に、そこで上映するというチラシを見たからだ」

「チラシの何を気に入ったの?」

「やはり、巨大なネコに抱かれてこちらを覗き見ているちえりの目が大きくて可愛かったからだろう」

「それで、なぜ舞台挨拶のある時にわざわざ行こうと思ったの?」

「よし、何か見に行くぞ、という気になっていたので。映画作ってる生のスタッフの顔を見るのも悪くないと思ったし」

「それで行ったの?」

「そう。結局、中村誠監督の舞台挨拶付き。東京での初上映初日第1回上映。同時上映はチェブラーシカ 動物園へ行く。ロビーには撮影に使われた人形の展示もあり、ということだった」

「それで、どんな内容?」

「少女が空想の世界で冒険して一段階大人になる話。そして、パートナーの頼りになる猫と最後に別れる。要するに【猫の恩返し】に近い。【猫の恩返し】からエンターテイメント性を抜いてもっと辛辣にしてもっとストレートに描いたような内容と思えば良いのでは無いか」

「具体的には?」

「バロンがムタさんの体型でバロンの役割を演じている。カラスは完全に敵。そして、間抜けな王様の代わりに恐怖の象徴そのものの死神が待っている。そして、最初から繰り返しそれが少女の空想世界に過ぎないことが示されるが、恐怖心の象徴そのものである死神は、たとえ空想に過ぎないと分かっていても消せない。恐怖心がある限り消えない。あれをクリアするには、自分で自分の恐怖心に勝つ必要がある。最終的に大人の顔で母親に前に出てくる主人公というのはまさに同じなのだがね。しかし表現が違う。こちらの映画は父親代わりに固執したぬいぐるみではなく生まれたての犬の子供を抱いて立っている。つまりね。ぬいぐるみはライナスの毛布であって、それを既に持っていないということは、ライナスの毛布を卒業したことを意味する」

「ライナスの毛布ってなに?」

「ググれ」

「分かった。それで、映画の評価としてどう?」

「映像技術的にはどう撮影したのかがとても気になった。生き生きとして動いていたのでね」

「それから?」

『ストーリー的には【もうひと味何か追加が欲しかった】という気もするが望みすぎなのだろうな。長さも短いし。やるべきことはちゃんとやっているし。語るべきメッセージもきちんと語っている。単に映画をたくさん見すぎた自分には味付けが薄く感じられただけで、本来見るべき人はまた感想が違うだろう」

「本来見るべき人って誰?」

「それぐらい自分で考えろ」

「ひぇ~」

「さて、問題はそこにはない」

「どこにあるわけ?」

「結局、この映画が語っていることは【子供が大人への階段を一歩上る】ということで、それこそ古今東西同じことが何回も語られている。だから猫の恩返しと似ている部分があっても、それはある意味で必然であって影響とか盗作という話でも無い。道具立てが似ていないなら、猫の恩返し以前に書いた国際お助け隊の第4章部分の初期公開版(月の光の王女様、プリンセス改心版)も結局は【子供が大人への階段を一歩上る】話だったわけだ」

「じゃあ、そのことは問題無いわけ?」

「そう。子供が健全に大人になってくれることを期待する親心はいつも同じだからだ。そのような物語は人間が人間である限り永遠にあり続けるだろう」

「では君の感想は?」

「だからね。そういう健全な期待感を健全に表現したことに好感したよ。そういう物語はよくあるというのは簡単だが、それは時代が変わっても繰り返し求められる物語だから。あとはそれをどこまで上手く描いているかだが、その点で非常に良かったので文句はない」

「じゃあ何が問題なんだい?」

「国際お助け隊の【月の光の王女様】を公開したときに、大人への成長を描く物語を本質的に受け付けない人たちがいるということが分かった。まあその時点では分かっていなかったがあとで分かった。そういう人はこの映画を見ても怒り出して叩くだろう。そのことは目に見ている。彼らは成長物語を理解できない」

「なぜ理解できないの?」

「成長を否認しているからだ。成長して欲しいという社会や親の願いは、他者による無理解にすり替えられ、自分は常に立派に成長していると思いたがっている。そして、子供扱いされることをとても嫌う。でも、逆説的に未熟さの指摘を嫌うのは子供の属性」

「それで?」

「つまりね。彼らこそ本来は大人になることが期待されているが、大人になれというメッセージを最もヒステリックに拒絶する層でもあるという皮肉があるわけだ」

「ひぇ~」

「まあ、この映画が届けたいメッセージの届け先は彼らではないのだろうがね」

「なぜそう思うの?」

「主人公の設定はもっと幼い。もっと子供らしい子供に向けての映画なのだろうと思う」

「では君のような大人が見ても良くないわけ?」

「いや、こういうメッセージを子供に届けたいという心情は好感したよ」

「じゃあ、良かったわけ?」

「良かった。明快に【最後の敵は自分自身の恐怖心】と言い切った表現はストレートで分かりやすくて好感したよ。まあ、難しいかもしれないけどね。幅広い支持が得れるかどうかは分からないが、自分は好感した」

「なぜ難しいと思うの?」

「自分自身が敵という概念は難しすぎる。自分は一つだと普通の人は思い込んでいるからね。自分の中にいる制御できない他者という概念は持っていない」

「じゃあ最後にまとめて」

「どうやって撮ったのか方法論が知りたくなったことは久しぶりだなあ」

「こういう映画が世の中にあった方が良い?」

「良いと思うぞ」

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「まず、なぜ見ようと思ったの?」

「直接的には、数日前にユーロスペースに桃太郎海の神兵を見に行った時に、そこで上映するというチラシを見たからだ」

「チラシの何を気に入ったの?」

「やはり、巨大なネコに抱かれてこちらを覗き見ているちえりの目が大きくて可愛かったからだろう」

「それで、なぜ舞台挨拶のある時にわざわざ行こうと思ったの?」

「よし、何か見に行くぞ、という気になっていたので。映画作ってる生のスタッフの顔を見るのも悪くないと思ったし」

「それで行ったの?」

「そう。結局、中村誠監督の舞台挨拶付き。東京での初上映初日第1回上映。同時上映はチェブラーシカ 動物園へ行く。ロビーには撮影に使われた人形の展示もあり、ということだった」

「それで、どんな内容?」

「少女が空想の世界で冒険して一段階大人になる話。そして、パートナーの頼りになる猫と最後に別れる。要するに【猫の恩返し】に近い。【猫の恩返し】からエンターテイメント性を抜いてもっと辛辣にしてもっとストレートに描いたような内容と思えば良いのでは無いか」

「具体的には?」

「バロンがムタさんの体型でバロンの役割を演じている。カラスは完全に敵。そして、間抜けな王様の代わりに恐怖の象徴そのものの死神が待っている。そして、最初から繰り返しそれが少女の空想世界に過ぎないことが示されるが、恐怖心の象徴そのものである死神は、たとえ空想に過ぎないと分かっていても消せない。恐怖心がある限り消えない。あれをクリアするには、自分で自分の恐怖心に勝つ必要がある。最終的に大人の顔で母親に前に出てくる主人公というのはまさに同じなのだがね。しかし表現が違う。こちらの映画は父親代わりに固執したぬいぐるみではなく生まれたての犬の子供を抱いて立っている。つまりね。ぬいぐるみはライナスの毛布であって、それを既に持っていないということは、ライナスの毛布を卒業したことを意味する」

「ライナスの毛布ってなに?」

「ググれ」

「分かった。それで、映画の評価としてどう?」

「映像技術的にはどう撮影したのかがとても気になった。生き生きとして動いていたのでね」

「それから?」

『ストーリー的には【もうひと味何か追加が欲しかった】という気もするが望みすぎなのだろうな。長さも短いし。やるべきことはちゃんとやっているし。語るべきメッセージもきちんと語っている。単に映画をたくさん見すぎた自分には味付けが薄く感じられただけで、本来見るべき人はまた感想が違うだろう」

「本来見るべき人って誰?」

「それぐらい自分で考えろ」

「ひぇ~」

「さて、問題はそこにはない」

「どこにあるわけ?」

「結局、この映画が語っていることは【子供が大人への階段を一歩上る】ということで、それこそ古今東西同じことが何回も語られている。だから猫の恩返しと似ている部分があっても、それはある意味で必然であって影響とか盗作という話でも無い。道具立てが似ていないなら、猫の恩返し以前に書いた国際お助け隊の第4章部分の初期公開版(月の光の王女様、プリンセス改心版)も結局は【子供が大人への階段を一歩上る】話だったわけだ」

「じゃあ、そのことは問題無いわけ?」

「そう。子供が健全に大人になってくれることを期待する親心はいつも同じだからだ。そのような物語は人間が人間である限り永遠にあり続けるだろう」

「では君の感想は?」

「だからね。そういう健全な期待感を健全に表現したことに好感したよ。そういう物語はよくあるというのは簡単だが、それは時代が変わっても繰り返し求められる物語だから。あとはそれをどこまで上手く描いているかだが、その点で非常に良かったので文句はない」

「じゃあ何が問題なんだい?」

「国際お助け隊の【月の光の王女様】を公開したときに、大人への成長を描く物語を本質的に受け付けない人たちがいるということが分かった。まあその時点では分かっていなかったがあとで分かった。そういう人はこの映画を見ても怒り出して叩くだろう。そのことは目に見ている。彼らは成長物語を理解できない」

「なぜ理解できないの?」

「成長を否認しているからだ。成長して欲しいという社会や親の願いは、他者による無理解にすり替えられ、自分は常に立派に成長していると思いたがっている。そして、子供扱いされることをとても嫌う。でも、逆説的に未熟さの指摘を嫌うのは子供の属性」

「それで?」

「つまりね。彼らこそ本来は大人になることが期待されているが、大人になれというメッセージを最もヒステリックに拒絶する層でもあるという皮肉があるわけだ」

「ひぇ~」

「まあ、この映画が届けたいメッセージの届け先は彼らではないのだろうがね」

「なぜそう思うの?」

「主人公の設定はもっと幼い。もっと子供らしい子供に向けての映画なのだろうと思う」

「では君のような大人が見ても良くないわけ?」

「いや、こういうメッセージを子供に届けたいという心情は好感したよ」

「じゃあ、良かったわけ?」

「良かった。明快に【最後の敵は自分自身の恐怖心】と言い切った表現はストレートで分かりやすくて好感したよ。まあ、難しいかもしれないけどね。幅広い支持が得れるかどうかは分からないが、自分は好感した」

「なぜ難しいと思うの?」

「自分自身が敵という概念は難しすぎる。自分は一つだと普通の人は思い込んでいるからね。自分の中にいる制御できない他者という概念は持っていない」

「じゃあ最後にまとめて」

「どうやって撮ったのか方法論が知りたくなったことは久しぶりだなあ」

「こういう映画が世の中にあった方が良い?」

「良いと思うぞ」

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