2017年06月04日
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【D51炭水車 8-20Bとは何か】の【付録3・蒸気機関車の引退時期の問題】を特別無料公開

Written By: 川俣 晶連絡先

 宣伝のために、PDミニブックシリーズ・D51炭水車 8-20Bとは何かの【付録3・蒸気機関車の引退時期の問題】を特別無料公開します。期限は未定です。

付録3・蒸気機関車の引退時期の問題 §

 炭庫水マキ管の問題を調べるために日本国有鉄道蒸気機関車設計図面集を見た時、C63の図面が収録されていた。C63といえば無煙化の進行が早すぎて製造されなかった蒸気機関車だ。これまで【優秀な日本の蒸気機関車設計が最新鋭の優れた設計を完成させていたにも関わらず、置き換えるディーゼル機関車の進歩が早すぎて出番を失った】と理解していた。しかし、本当にそうなのだろうか。今回D51のテンダー関連の調査で、いろいろなSLの本を見たが、国鉄型蒸気機関車は驚くほど進歩がないと痛烈に批判する本も見た。とすれば、実は【ディーゼルの実用化が早かった】のではなく、【国鉄型蒸気機関車の賞味期限が早期に切れてしまった】のではないだろうか。

 その兆候は既にD51の世界に含まれている。D51に関する本を多く調べていると、ひたすらD51を傑作機関車として誉めて誉めて誉めまくり、唯一の問題は……と言いながら些細な問題を書くような文章もあれば、D51のキャブの小ささや軸重のバランスの悪さを指摘する本もある。こういう極端に評価の割れる記述は悪い兆候だ。【D51は千両以上生産された日本が誇る傑作蒸気機関車】という主張にも眉にツバを付けたくなる。

 ちなみに、筆者は傑作機ではないからこそD51に興味を抱いているのも事実だ。

 そのように考えると、【一度成功するとその成功にあぐらをかいて進歩が止まる】と言われる日本人の体質が、蒸気機関車にも含まれていた……とも解釈できる。D51とは、それを象徴的に具現化する存在だ。

 欧米から蒸気機関車を輸入していた時代はそうではなかった。常に外部からの刺激があれば停滞は起こらない。しかし、輸入が止まると蒸気機関車の停滞は発生してしまった。だが、敗戦と進駐軍の進駐により外部からの刺激は復活した。進駐軍はディーゼル機関車を持ちこんだのだ。もちろん、日本の鉄道は敗戦時にも機能していた。進駐軍がディーゼル機関車を持ちこむことは必須ではなかった。しかし、刺激にはなった。

 戦争中は空襲で電気が止まることを怖れた軍部が弾丸列車を蒸気機関車で実現することを望んでいたかもしれないが、進駐軍には蒸気機関車にこだわる理由は何もなかった。

 ここでどうしても確認を要することは、蒸気機関車とは手間が掛かる存在だということだ。走らせる数時間前から石炭を焚いて蒸気を作らねばならない。いきなり走れるディーゼル機関車とはそこが違うのだ。比較されれば、蒸気機関車の有り難みが減ってしまう。

 電気機関車、電車は設備投資が大きく、送電系統が止まってしまえば動かなくなるからそう簡単には移行できない……といういい訳も通用しない。ディーゼル機関車を走らせるために、全線に架線を張り巡らせる必要はないのだ。

 とすれば、そこで蒸気機関車の賞味期限は切れる。新しい魅力的な蒸気機関車のイメージを模索してこなかった国鉄のツケがここに回ってきたのだ。

 D51とは、それを象徴的に体現する蒸気機関車ではないだろうか。

 実際問題として、千両を超える生産数を持ちながらD51にはサブタイプが多く、しかも全く同じ個体がないぐらいバリエーションが多い。それゆえに研究に苦労をしているが、D51の面白い点でもある。しかし、工業製品として見れば、あまりにバリエーションが多いことは成功した製品ではないことを暗示する。要するに、対処療法的に問題が出るごとに細部をいじり続けた結果だからである。

 もし戦争がなかったら、本当にD51は千両を超える生産数を誇れたのだろうか。

 かなり悩ましい問題である。

 ちなみに、戦争の開始を1941年と考えれば1935年から製造が始まったD51はそれほど関係ないような気もするが、実は1937年のシナ事変から日本は事実上の戦争状態に入っている。D51の製造時期はほぼ戦争状態の時期だったと考えても良いのである。D51の戦時形、準戦時形とは戦争中に製造されたタイプという意味ではなく、資材が逼迫した後で製造されたタイプということである。D51の通常型も、まだ資材が十分に残る戦争中に製造されたことになる。

 そして、戦争中にD51の製造は終了し、より大型のD52にバトンタッチしていく。海外向け等には戦後に製造されたD51も存在するが、国鉄のD51は戦争中に終わってしまうのである。

 他の章はPDミニブックシリーズ・D51炭水車 8-20Bとは何かを是非お読み下さい。

目次 §

PDミニブックシリーズについて

改訂について

まえがき

1970年代SLブームと機関車の系譜図

SLミニ知識

京都小旅行とD51 200

レイルという書籍

D51 200テンダーの謎

D51を見ても何も分からない衝撃

リベンジ成田のD51 254

府中のD51 296

世田谷公園のD51 272

昭和公園のD51 451

青梅鉄道公園のD51 452

目から鱗の炭水車とテンダー

なぜ8-20Bばかり見るのか

上千葉砂原公園D51 502ミステリアス・テンダー

城北交通公園D51 513 見られないロコ

飛鳥山公園 D51 853

国立科学博物館前 D51 231

世田谷区大蔵運動公園C57 57 比較検討用

D51テンダーの謎再び・機関車の系譜図再び

若宮公園のD51 1119の炭水車は10-22A・Sなのか?

ストーカー付き炭水車の問題

保存蒸気機関車を巡る巨大な罠

C57 57テンダーに隠されたD51の魂

塗りつぶされたプレート・存在しないプレート

重油併燃機のテンダー問題再熱

重油タンクを外した重油併燃機のテンダー問題

見えてきたD51 498の問題

気になる問題

2回改造されたテンダーという問題

SLは二度死ぬのかD51 684

ダンボールのD51炭水車

C58とストレートタイプの問題

8-20B系以外のテンダーを東京で見る裏技

D51戦後製造分のテンダーの研究

韓国鉄道庁

ソビエト連邦

台湾

タイ

テンダーの命名方法の変遷

重油タンクが外された重油併燃機の判定

小手指のD51 116は十分に古いか?

見落とされたなめくじD51 14

10-20を見るためのもう1つの裏技

重油バーナーが残存していない重油併燃機の判定

重油バーナーに消音器がない?

ついに発見・D51の全炭水車形式?の一覧リスト

D51 930と重油の謎

実際にナンバーと実体が食い違っている事例

重油配管は残っているか?

もう一つの重油併燃機判定方法(ただしボイラー上の重油タンクのみ)

D51 254に回帰する重油タンクとドーム切り欠きの謎

ほぼ同じ炭水車分類表の謎

微粉炭併燃装置の謎

炭水車に影響するATS-S

D51テンダー研究の行き着いた果ての世界

D51テンダー研究の障害

思わぬ伏兵・炭庫水マキ管

D51のテンダーのナンバーはいくつあるのか?

あとがき

付録1・清罐剤送入装置と炭水車

付録2・机上の調査メモ(2017年1月現在)

ネット上の写真で判定した銘板10-20の有無

ネット上の写真で判定した初期のD51の銘板

D51以外のネット上の写真観察(何かがありそうなロコのみ)

付録3・蒸気機関車の引退時期の問題

特別付録・小説・機関車ヤエコ D51の復活大冒険 (冒頭部分)

プロローグ 黒い少女

第1章 黒い店舗

第2章 黒い出発

改訂について

奥付

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【D51炭水車 8-20Bとは何か】の【付録3・蒸気機関車の引退時期の問題】を特別無料公開

Written By: 川俣 晶連絡先

 宣伝のために、PDミニブックシリーズ・D51炭水車 8-20Bとは何かの【付録3・蒸気機関車の引退時期の問題】を特別無料公開します。期限は未定です。

付録3・蒸気機関車の引退時期の問題 §

 炭庫水マキ管の問題を調べるために日本国有鉄道蒸気機関車設計図面集を見た時、C63の図面が収録されていた。C63といえば無煙化の進行が早すぎて製造されなかった蒸気機関車だ。これまで【優秀な日本の蒸気機関車設計が最新鋭の優れた設計を完成させていたにも関わらず、置き換えるディーゼル機関車の進歩が早すぎて出番を失った】と理解していた。しかし、本当にそうなのだろうか。今回D51のテンダー関連の調査で、いろいろなSLの本を見たが、国鉄型蒸気機関車は驚くほど進歩がないと痛烈に批判する本も見た。とすれば、実は【ディーゼルの実用化が早かった】のではなく、【国鉄型蒸気機関車の賞味期限が早期に切れてしまった】のではないだろうか。

 その兆候は既にD51の世界に含まれている。D51に関する本を多く調べていると、ひたすらD51を傑作機関車として誉めて誉めて誉めまくり、唯一の問題は……と言いながら些細な問題を書くような文章もあれば、D51のキャブの小ささや軸重のバランスの悪さを指摘する本もある。こういう極端に評価の割れる記述は悪い兆候だ。【D51は千両以上生産された日本が誇る傑作蒸気機関車】という主張にも眉にツバを付けたくなる。

 ちなみに、筆者は傑作機ではないからこそD51に興味を抱いているのも事実だ。

 そのように考えると、【一度成功するとその成功にあぐらをかいて進歩が止まる】と言われる日本人の体質が、蒸気機関車にも含まれていた……とも解釈できる。D51とは、それを象徴的に具現化する存在だ。

 欧米から蒸気機関車を輸入していた時代はそうではなかった。常に外部からの刺激があれば停滞は起こらない。しかし、輸入が止まると蒸気機関車の停滞は発生してしまった。だが、敗戦と進駐軍の進駐により外部からの刺激は復活した。進駐軍はディーゼル機関車を持ちこんだのだ。もちろん、日本の鉄道は敗戦時にも機能していた。進駐軍がディーゼル機関車を持ちこむことは必須ではなかった。しかし、刺激にはなった。

 戦争中は空襲で電気が止まることを怖れた軍部が弾丸列車を蒸気機関車で実現することを望んでいたかもしれないが、進駐軍には蒸気機関車にこだわる理由は何もなかった。

 ここでどうしても確認を要することは、蒸気機関車とは手間が掛かる存在だということだ。走らせる数時間前から石炭を焚いて蒸気を作らねばならない。いきなり走れるディーゼル機関車とはそこが違うのだ。比較されれば、蒸気機関車の有り難みが減ってしまう。

 電気機関車、電車は設備投資が大きく、送電系統が止まってしまえば動かなくなるからそう簡単には移行できない……といういい訳も通用しない。ディーゼル機関車を走らせるために、全線に架線を張り巡らせる必要はないのだ。

 とすれば、そこで蒸気機関車の賞味期限は切れる。新しい魅力的な蒸気機関車のイメージを模索してこなかった国鉄のツケがここに回ってきたのだ。

 D51とは、それを象徴的に体現する蒸気機関車ではないだろうか。

 実際問題として、千両を超える生産数を持ちながらD51にはサブタイプが多く、しかも全く同じ個体がないぐらいバリエーションが多い。それゆえに研究に苦労をしているが、D51の面白い点でもある。しかし、工業製品として見れば、あまりにバリエーションが多いことは成功した製品ではないことを暗示する。要するに、対処療法的に問題が出るごとに細部をいじり続けた結果だからである。

 もし戦争がなかったら、本当にD51は千両を超える生産数を誇れたのだろうか。

 かなり悩ましい問題である。

 ちなみに、戦争の開始を1941年と考えれば1935年から製造が始まったD51はそれほど関係ないような気もするが、実は1937年のシナ事変から日本は事実上の戦争状態に入っている。D51の製造時期はほぼ戦争状態の時期だったと考えても良いのである。D51の戦時形、準戦時形とは戦争中に製造されたタイプという意味ではなく、資材が逼迫した後で製造されたタイプということである。D51の通常型も、まだ資材が十分に残る戦争中に製造されたことになる。

 そして、戦争中にD51の製造は終了し、より大型のD52にバトンタッチしていく。海外向け等には戦後に製造されたD51も存在するが、国鉄のD51は戦争中に終わってしまうのである。

 他の章はPDミニブックシリーズ・D51炭水車 8-20Bとは何かを是非お読み下さい。

目次 §

PDミニブックシリーズについて

改訂について

まえがき

1970年代SLブームと機関車の系譜図

SLミニ知識

京都小旅行とD51 200

レイルという書籍

D51 200テンダーの謎

D51を見ても何も分からない衝撃

リベンジ成田のD51 254

府中のD51 296

世田谷公園のD51 272

昭和公園のD51 451

青梅鉄道公園のD51 452

目から鱗の炭水車とテンダー

なぜ8-20Bばかり見るのか

上千葉砂原公園D51 502ミステリアス・テンダー

城北交通公園D51 513 見られないロコ

飛鳥山公園 D51 853

国立科学博物館前 D51 231

世田谷区大蔵運動公園C57 57 比較検討用

D51テンダーの謎再び・機関車の系譜図再び

若宮公園のD51 1119の炭水車は10-22A・Sなのか?

ストーカー付き炭水車の問題

保存蒸気機関車を巡る巨大な罠

C57 57テンダーに隠されたD51の魂

塗りつぶされたプレート・存在しないプレート

重油併燃機のテンダー問題再熱

重油タンクを外した重油併燃機のテンダー問題

見えてきたD51 498の問題

気になる問題

2回改造されたテンダーという問題

SLは二度死ぬのかD51 684

ダンボールのD51炭水車

C58とストレートタイプの問題

8-20B系以外のテンダーを東京で見る裏技

D51戦後製造分のテンダーの研究

韓国鉄道庁

ソビエト連邦

台湾

タイ

テンダーの命名方法の変遷

重油タンクが外された重油併燃機の判定

小手指のD51 116は十分に古いか?

見落とされたなめくじD51 14

10-20を見るためのもう1つの裏技

重油バーナーが残存していない重油併燃機の判定

重油バーナーに消音器がない?

ついに発見・D51の全炭水車形式?の一覧リスト

D51 930と重油の謎

実際にナンバーと実体が食い違っている事例

重油配管は残っているか?

もう一つの重油併燃機判定方法(ただしボイラー上の重油タンクのみ)

D51 254に回帰する重油タンクとドーム切り欠きの謎

ほぼ同じ炭水車分類表の謎

微粉炭併燃装置の謎

炭水車に影響するATS-S

D51テンダー研究の行き着いた果ての世界

D51テンダー研究の障害

思わぬ伏兵・炭庫水マキ管

D51のテンダーのナンバーはいくつあるのか?

あとがき

付録1・清罐剤送入装置と炭水車

付録2・机上の調査メモ(2017年1月現在)

ネット上の写真で判定した銘板10-20の有無

ネット上の写真で判定した初期のD51の銘板

D51以外のネット上の写真観察(何かがありそうなロコのみ)

付録3・蒸気機関車の引退時期の問題

特別付録・小説・機関車ヤエコ D51の復活大冒険 (冒頭部分)

プロローグ 黒い少女

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川俣 晶
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