2017年07月09日
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拙著【AIの反乱】と【アトム・ザ・ビギニング】の比較と雑感

Written By: 遠野秋彦連絡先

 テレビアニメ、アトム・ザ・ビギニングが終了したが、拙著【AIの反乱】と似ている部分と似ていない部分があったので雑感を書こう。

企画の骨子 §

 筆者は初回の鉄腕アトムのアニメ放送中に産まれてジェッターマルスを見て育った。そこで、西暦2015年になるにあたって、西暦2015年という設定のジェッターマルスとは何であったのかということに改めて向き合おうとした。そして、2015年に読まれるべき小説とは何かを考えて、結果として小説・AIの反乱: 全人類収容所移送計画という小説に成果が結実した。

 それを考えると2017年に放送された【アトム・ザ・ビギニング】と接点は無いようにに思えるが、原作の単行本は2015年に刊行を開始しており、やはり2015年を意識した企画であったことがうかがえる。そもそも、ジェッター・マルスとはアトムがアトムになるまでの物語であり、アトム・ザ・ビギニング(アトムの前日譚)そのものなのだ。

 そういう意味で、似ている箇所があるのは当然にも思えるが必ずしもそうではない。なぜなら、小説・AIの反乱: 全人類収容所移送計画にとってのジェッター・マルスとは企画の出発点に過ぎず、実際にできあがったものは別物だからだ。

徹底的なリスペクトと徹底的な解体 §

 方法論で似ている部分は、実はあまりアトムともマルスとも関係ない。

 それは何かと言えば、徹底的なリスペクトと徹底的な解体だろう。

 徹底的なリスペクトとは、アトム・ザ・ビギニングではかつての主題歌の子供っぽい1フレーズを作品に取り込んでしまうこと等を意味する。小説・AIの反乱では、アトムはもともと女性だったという【アトム女性説】を取り入れて、途中で性転換させている。ちなみに、性器ユニットをオプションとして装備可能なロボットという設定は、主人公マルコに女性器ユニットを強制装着させる展開のための設定である。更に言えば、主人公名がマルコになっているのはイタリアっぽい男性名【マルコ】と、日本っぽい女性名【まる子】のダブルミーニングになっているからだ。(従って、物語はまる子が存在する家族風の世界を経由して、マルコが三千里の旅をする展開に進んでいく)

 問題はその先で、それにも関わらず作品の解体と再構成が徹底していることもなぜか共通している。非常に多くの要素で原作を意識しているにも関わらず、物語の構成はどちらもアトム的でもジェッターマルス的でもない。改めて物語的な筋を通し直している。その結果似たようなキャラクターが登場しても印象が全く異なっているし、そもそも似ていないキャラクターも出てくる。

方法論の相違 §

 それにも関わらず、相違点も多い。

 アトム・ザ・ビギニングはアトムに軸足を置いている。従ってマルスは敵として登場する。それに対して、小説・AIの反乱はマルスに軸足を置いてストーリーを構築している。その結果として、アトム・ザ・ビギニングはA106が自我を獲得していくプロセスを描くことになるが、小説・AIの反乱は破壊者としての間違った自我を持った存在として主人公マルコが登場することから話が始まる。

 では、相違したらどうなのか。

 「この問題にそういう答えを出したのか、面白いな。自分では発想しないがそれもありだ」

 そんなことを思いながらテレビで毎週アトム・ザ・ビギニングを見ることができた。

 (それはインサイド・ヘッドを見た時と似ている感想だ。インサイド・ヘッドも、拙著小説・ミラクル少女リミッターちゃんと似たような問題に別の答えを出した映画だったからだ)

 それはそれで楽しかったし、絶対に変な隘路に迷い込まないだろう……という信頼を置くことができたので、緊張を解いて楽しむことができた。

 もっとも、【変な隘路】とはオタクのストライクゾーンだということもあるので、営業的にはこれで上手く行くのか分からない。少なくとも、アトムの3文字を冠していなければ企画を通すのは難しく、ましてアニメ化は成立していないような気がする。

 その点で小説を電子出版することは気楽だ。出版することは難しくない。金も掛からない。単に売れないだけである。これを機会に小説・AIの反乱も売れて欲しいものだ。

最後の最後に待っていたもの §

 さて、小説・AIの反乱は既に出版されている。アトム・ザ・ビギニングの放送は終了した。特に原作コミックにまで言及する気は無いので、これで何もかも終わった……と思いきや。

 なんと、WikiPediaのアトム・ザ・ビギニングに含まれるDr.ロロの説明に、以下のように書いてあるではないか。

ベヴストザインを搭載したロボットは「自分のプログラムを自分で書き換える」ことが可能であると気づき、それが「ロボットの人間への反逆」を現実にしかねないとして、危険視している。

 【ロボットの人間への反逆】とは、【AIの反乱】と良く似た言葉だ。

 そういうオチが待っていたとは、予想もしていなかった。

 ちなみに、どちらかがどちらかを意識した可能性はほぼ無い。偶然の一致だろう。

最後に §

 この小説も読んでね。読まれる機会が少ないのが良く書けたと思うので、この機会に節にお願いする。

 ただし、この小説は手塚プロとは何の関係もなく、アトムは登場しない。アトム的な世界観でもない。マルスというコンピュータは登場するが、国鉄のマルスをモデルにした大型コンピュータとして登場している。主人公の名前は既に説明した通りマルコである。ヒロインの名前は、父を訪ねて三千里旅をする関係上、ミリではなくミオリーナである。(旅のお供は修理ロボットのユメデオである)。物語は完全にオリジナルで、無関係な様々な世界を放浪した挙げ句、エピローグの最後はさりげない手塚ネタに回帰して終わるように書かれている。(どんなネタかは読んで確認して欲しい)

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拙著【AIの反乱】と【アトム・ザ・ビギニング】の比較と雑感

Written By: 遠野秋彦連絡先

 テレビアニメ、アトム・ザ・ビギニングが終了したが、拙著【AIの反乱】と似ている部分と似ていない部分があったので雑感を書こう。

企画の骨子 §

 筆者は初回の鉄腕アトムのアニメ放送中に産まれてジェッターマルスを見て育った。そこで、西暦2015年になるにあたって、西暦2015年という設定のジェッターマルスとは何であったのかということに改めて向き合おうとした。そして、2015年に読まれるべき小説とは何かを考えて、結果として小説・AIの反乱: 全人類収容所移送計画という小説に成果が結実した。

 それを考えると2017年に放送された【アトム・ザ・ビギニング】と接点は無いようにに思えるが、原作の単行本は2015年に刊行を開始しており、やはり2015年を意識した企画であったことがうかがえる。そもそも、ジェッター・マルスとはアトムがアトムになるまでの物語であり、アトム・ザ・ビギニング(アトムの前日譚)そのものなのだ。

 そういう意味で、似ている箇所があるのは当然にも思えるが必ずしもそうではない。なぜなら、小説・AIの反乱: 全人類収容所移送計画にとってのジェッター・マルスとは企画の出発点に過ぎず、実際にできあがったものは別物だからだ。

徹底的なリスペクトと徹底的な解体 §

 方法論で似ている部分は、実はあまりアトムともマルスとも関係ない。

 それは何かと言えば、徹底的なリスペクトと徹底的な解体だろう。

 徹底的なリスペクトとは、アトム・ザ・ビギニングではかつての主題歌の子供っぽい1フレーズを作品に取り込んでしまうこと等を意味する。小説・AIの反乱では、アトムはもともと女性だったという【アトム女性説】を取り入れて、途中で性転換させている。ちなみに、性器ユニットをオプションとして装備可能なロボットという設定は、主人公マルコに女性器ユニットを強制装着させる展開のための設定である。更に言えば、主人公名がマルコになっているのはイタリアっぽい男性名【マルコ】と、日本っぽい女性名【まる子】のダブルミーニングになっているからだ。(従って、物語はまる子が存在する家族風の世界を経由して、マルコが三千里の旅をする展開に進んでいく)

 問題はその先で、それにも関わらず作品の解体と再構成が徹底していることもなぜか共通している。非常に多くの要素で原作を意識しているにも関わらず、物語の構成はどちらもアトム的でもジェッターマルス的でもない。改めて物語的な筋を通し直している。その結果似たようなキャラクターが登場しても印象が全く異なっているし、そもそも似ていないキャラクターも出てくる。

方法論の相違 §

 それにも関わらず、相違点も多い。

 アトム・ザ・ビギニングはアトムに軸足を置いている。従ってマルスは敵として登場する。それに対して、小説・AIの反乱はマルスに軸足を置いてストーリーを構築している。その結果として、アトム・ザ・ビギニングはA106が自我を獲得していくプロセスを描くことになるが、小説・AIの反乱は破壊者としての間違った自我を持った存在として主人公マルコが登場することから話が始まる。

 では、相違したらどうなのか。

 「この問題にそういう答えを出したのか、面白いな。自分では発想しないがそれもありだ」

 そんなことを思いながらテレビで毎週アトム・ザ・ビギニングを見ることができた。

 (それはインサイド・ヘッドを見た時と似ている感想だ。インサイド・ヘッドも、拙著小説・ミラクル少女リミッターちゃんと似たような問題に別の答えを出した映画だったからだ)

 それはそれで楽しかったし、絶対に変な隘路に迷い込まないだろう……という信頼を置くことができたので、緊張を解いて楽しむことができた。

 もっとも、【変な隘路】とはオタクのストライクゾーンだということもあるので、営業的にはこれで上手く行くのか分からない。少なくとも、アトムの3文字を冠していなければ企画を通すのは難しく、ましてアニメ化は成立していないような気がする。

 その点で小説を電子出版することは気楽だ。出版することは難しくない。金も掛からない。単に売れないだけである。これを機会に小説・AIの反乱も売れて欲しいものだ。

最後の最後に待っていたもの §

 さて、小説・AIの反乱は既に出版されている。アトム・ザ・ビギニングの放送は終了した。特に原作コミックにまで言及する気は無いので、これで何もかも終わった……と思いきや。

 なんと、WikiPediaのアトム・ザ・ビギニングに含まれるDr.ロロの説明に、以下のように書いてあるではないか。

ベヴストザインを搭載したロボットは「自分のプログラムを自分で書き換える」ことが可能であると気づき、それが「ロボットの人間への反逆」を現実にしかねないとして、危険視している。

 【ロボットの人間への反逆】とは、【AIの反乱】と良く似た言葉だ。

 そういうオチが待っていたとは、予想もしていなかった。

 ちなみに、どちらかがどちらかを意識した可能性はほぼ無い。偶然の一致だろう。

最後に §

 この小説も読んでね。読まれる機会が少ないのが良く書けたと思うので、この機会に節にお願いする。

 ただし、この小説は手塚プロとは何の関係もなく、アトムは登場しない。アトム的な世界観でもない。マルスというコンピュータは登場するが、国鉄のマルスをモデルにした大型コンピュータとして登場している。主人公の名前は既に説明した通りマルコである。ヒロインの名前は、父を訪ねて三千里旅をする関係上、ミリではなくミオリーナである。(旅のお供は修理ロボットのユメデオである)。物語は完全にオリジナルで、無関係な様々な世界を放浪した挙げ句、エピローグの最後はさりげない手塚ネタに回帰して終わるように書かれている。(どんなネタかは読んで確認して欲しい)

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