「この本は宇宙戦艦ヤマトはオワコンと言いたいわけかい?」
「そう言うと喜ぶ人はいるのだろうが外れだ。コンテンツは供給したい人と消費したい人がいる限り終わらない」
「じゃあ宇宙戦艦ヤマトの何がおしまい(デッド)なんだい?」
「宇宙戦艦ヤマト神話だ」
「宇宙戦艦ヤマトと宇宙戦艦ヤマト神話って何が違うんだい?」
「宇宙戦艦ヤマトは何があっても宇宙戦艦ヤマトのままで変化するわけではない。それに対して、後から他者によって形成されたのが神話だ」
「いったい何が実態で何が神話なんだい?」
「おっとそこから先は読んでのお楽しみだ」
「えー。せめて少しだけでも内容を教えてくれよ」
「たとえば、こういうことが書かれているよ」
- ヤマト1974は実は失敗作である。それはなぜか
- 1983年にヤマト完結編で終わってしまったことには必然性がある。その必然性とは何か
「このブログに書いてあるようなことかい?」
「いや、書いていないはずだよ。この本はブログのまとめではないからだ」
「気になるなら読んでくれってことだね」
「頼むぜ。全てをタダで寄越せというフリーライダーはお帰り頂きたい」
「でもさ。昔を知っている人なら読まなくてもいいの?」
「だからそこは【その時代に生きていた】【現場に居た】という思い込みこそが実は最も危険。分かっているはずだという思い込みが現実を遠ざけてしまう」
「つまり、70年代にヤマトファンだったという人が一番この内容から遠いわけだね。でもなぜだい?」
「彼らは【現実のヤマト】よりも【神話】を信じている可能性が高いからだ」
「それが【神話】に引導を渡すということの意味だね」