2004年05月21日
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オータムマガジン用ボツ原稿「ソフトウェア技術者は恐怖を感じているか?」

Written By: 川俣 晶連絡先

 オータムマガジン用に書きかけられたものの、結局書き上げて公開する気が途中で失せたボツ原稿です。

 これは、あくまでボツ原稿を見たいという奇特な人のために公開されるものであって、それに該当しない人は読まないようにお願いします。また、ボツ原稿ですので、ノークレーム、ノーリターンでお願いします (笑)。

ソフトウェア技術者は恐怖を感じているか? §

 Winny開発者を支援する団体があるようです。

 Winny開発者の支援団体が公式Webサイト「freekaneko.com」開設

 この団体のサイトの中で、

どこが問題なのか

 という文章を見ると、どうも首をかしげてしまいます。

 何かの悪質な冗談か、それとも何かの思想テロであるのか。意図的に読者の印象を特定の方向に引っ張っていこうとする文章的な詐術が見え隠れします。

 たとえば、この部分を見てみましょう。

P2P匿名通信ソフトウェアの作者が、著作権法違反幇助の容疑で逮捕されたことは、多数の人々に衝撃を与えました。

 確かに、多数の人々に衝撃を与えました。それはその通りですね。

 しかし、次に以下のような文章が続きます。

ソフトウェアの作者が、そのソフトウェアを悪用して行われた犯罪に対して幇助の罪に問われるのは前代未聞のことといえるでしょう。

 一見、素直に前の文につながっているように見えますが、良く見るとそうではありません。「P2P匿名通信ソフトウェアの作者」と「ソフトウェアの作者」はイコールではなく、かなり異なる対象を示す言葉です。この2つを混同させ、全てのソフトウェアの作者は逮捕される危険があると不安を煽り立てることを意図した文章に見えます。

 また、罪に問われる対象が2つの文で異なることも要チェックです。

 最初の文では、「P2P匿名通信ソフトウェアの作者」というのは、逮捕された人物を示す言葉として使われていて、必ずしもソフトを作ったから逮捕されたという意図を明瞭に示している訳ではありません。つまり、逮捕したのは誰かを示す文であって、作ったことで逮捕された、と示している訳ではありません。しかし、後の文では、ソフトの悪用とソフトの作者が結び付けられており、罪が作った人にも問われる、と受け取る読み手も少なくないと思います。つまり、作ったから捕まる、という意図に読むことができます。

 このような対象の混同は、この文章で他にも出現するパターンです。たとえば、Winny開発者逮捕事件を、立場や性質の相違を検討することなく、CD-RやWindows Media Playerと結び付け、これらも違法になるという主張に結び付けられています。

「多くのソフトウェア技術者」って誰? §

 不安を抱えているのが誰かを曖昧に多数派であるかのように書いているのも、この文章の特徴の1つですね。

 たとえば。

現在は多くのソフトウェア技術者が不安を抱えながら研究開発を進めています。

 という部分です。

 ここで「多くのソフトウェア技術者」が「不安」を抱えていると書かれていますが、具体的に誰を示しているのか分かりません。

 実際には、きちんと法律やマナーや常識を守るということを意識し続けているソフトウェア作者が、不安を感じることは考えにくいことです。少なくとも、私が知っているパソコン通信時代のオンラインソフト作者の多数派は、そういう人達だったように思います。また企業内で開発している人達は、当然、企業の法務部がそれなりのことをやっているはずですから、基本的には不安を感じるような状況ではないでしょう。

 おそらく、不安を感じているのは、主に違法行為に使われることが明らかなソフトウェアの作者か、あるいは、不安を煽る主張にその気にさせられた開発者だけでしょう。前者は、おそらくソフトウェア技術者全体からすれば極めて少数派でしょう。けして、「多くの」という言葉を付けて示すほどではないと思います。後者は私にはどれぐらいいるのか私には分かりませんが、煽られなければ存在しないはずの人種です。

「自分たちの考え」を根拠付けにして良いのか? §

 この文章は、客観性があるようでいて、肝心なところの論拠が個人的な考えに依存している部分があります。

 たとえばこの部分です。

金子氏がWinnyを開発したのは、最先端のP2P匿名通信技術の改良や実証実験のためであると私たちは考えています。

 Winnyの開発が始まった経緯を考えれば、著作権侵害行為を先行ソフト(WinMX)よりも、より安全に行うために開発されたように「見える」のは明らかです。

 その点からすれば、金子氏の本来の意図は著作権侵害行為の支援であるが、そのような主張を公に口にすると不都合があるので、技術のために行ったと主張しているだけ、という解釈も容易に取れるでしょう。

 もし、ここで、そのような解釈は間違いであり、金子氏が心から技術のために行ったことであると主張するのであれば、それなりの根拠を示さねば説得力のある文章になりません。しかし、ここでは「私たちは考えています」と記されているだけで、第3者を説得するには不十分に見えます。不十分には見えますが、全体として読者の不安を煽る文章であるため、不安に心を乱された読者は、説得力を持って読んでしまう可能性もあるでしょう。これも、一種の文章詐術と言えるかもしれません。

余談: 論証不可能な問題 §

 余談ですが、Winny開発の真の意図が著作権侵害行為の支援にあるのか、それとも純粋に技術にあるのかは、論証不可能な問題だろうと思います。どちらのケースでも、金子氏の口から出てくる言葉は「技術のためにやった」という同じものになると予想されるからです。また、金子氏が、「真の意図は著作権侵害行為にあった」と自白したとしても、それが真実であるという保証はどこにもありません。単に、そう言わされただけ、という可能性はあります。暴力的な取り調べなど行わなくても、意図しないことを言わせてしまう方法はありますので。

 そういう意味で、意図を問うことは無意味であるような気もします。

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