「最近重苦しい映画を連続して見て少し辟易してきた」
「重苦しい映画はダメなの?」
「ダメではないが、抑圧と解放はセットになっていてこそ開放感が得られる。解放が上手く行っていない、あるいはそもそも解放がない映画は疲れるだけで満足感に結びつかない」
「世界大戦争みたいな映画はいいわけ?」
「あれは人類滅亡という抑圧が描かれるが、途中でそれを回避する展開があって抑圧と解放はセットになっているのだよ」
「で、その話はどこに行くわけ?」
「最近はもう、ゾンビものとか、ホラーものが見たいよ。分かりやすくて良い」
「それで?」
「そういう観点から言えば、割とストーリーにひねりがない【ヤマトよ永遠に】的な映画は良いのかも知れないと思うようになった」
「夫と娘を残してスターシャが死んでしまう新たちよりも、生き残って夫婦喧嘩の種になるサーシャが死んでホッとする永遠にの方がお気楽に見られるわけだね」
「まあ、そういう話でも無いがね。侵略があって地球を救うというシンプルさは分かりやすくて良い」
「ポリシーの違いから正義のヒーローがお互いに戦うような映画は分かりにくいわけだね」
「まあ。戦隊バーサスの映画は正義対決になっても分かりやすいから良いのだけどね」
「戦隊映画マニアの言い分が出た」
「まあともかくだ。善悪が明確で紛らわしい第3者も出てこない永遠には分かりやすい」
「新たちだと、敵だったはずのデスラーが味方になって紛らわしい第3者になるわけだね」
「そうだな」
「では、永遠にでオッケー?」
「そうとも言い切れない。全体的に永遠には論旨が破綻しているのだ」
「どの辺が破綻してる?」
「いちばん大きな破綻は、重核子爆弾が爆発する前に止めると言うヤマト側に言い分と、逆らうようなら重核子爆弾を爆発させるという暗黒側の言い分が完全にすれ違っている」
「暗黒側はいつでも起爆できるというスタンスなのに、ヤマト側は猶予時間があるというスタンスなのだね」
「そうだな。【今すぐ起爆するぞ、帰れ】と言えば、そもそもヤマトは何もできなかったはずだ。大中間補給基地すら破壊できない」
「でも、それじゃ映画が成立しないよ」