「【水玉螢之丞おしごといろいろ展】に行ってきたが、行くことで自分がなぜそれを見に行ったのかが良く分かった」
「それはどういう意味だい?」
「サブカル系の仕事も多い人で、この人は境界領域にいる人であり続けたのだ。更に言えば、人並み以上にマニアックに振る舞うとオタクという枠組みを自動的にはみ出してしまうとも言える」
「えー」
「まあ、そういう意味ではおいらも似たようなものだからな」
「狭いオタク世界には住み飽きたってことだね」
「もともと住んでいない気もするがな」
「ぎゃふん」
「この境界領域というのは重要な概念で、オタクという言葉が生まれる前のいわゆるマニア文化ももともとは境界領域にあったものだ」
「オタクの原形みたいな人たち【だけ】が支持した文化ではない、ということだね」
「そう。既存の枠組みの枠外にあった文化で、それを担う特定の人種は存在していなかった」
「それで?」
「そういう文化は1983年前後に一度崩壊して終わっている、というのが現在の感触。その先は、オタクという固有の概念が構成され始めて、オタク固有のスタイルが確立していく。そのあとは、アニメは境界領域の文化ではなくなり、オタクというタコツボに落ち始める」
「それで君は何を思うのだい?」
「うん。だから、1983年前後までのアニメはどれも境界領域の上にあった。支持者の主体は必ずも【今ならオタクと呼ばれる人たち】には限定されない。もっと多種多様な展開があった」
「宇宙戦艦ヤマトも?」
「そうだ。というよりも、宇宙戦艦ヤマトはその動きをもたらしたトリガのような存在だろう」
「つまりなんだい?」
「1970年代リアルタイムにおける宇宙戦艦ヤマト文化の担い手は、【今ならオタクと呼ばれる人たち】には限定されないし、もっとも幅広い様々な人たちを包含した大きなムーブメントを構成したし、他の様々な社会的なムーブメントと連動していた」
「じゃあ、今【宇宙戦艦ヤマト】というラベルを張って販売されているものは?」
「文化的な多くの欠落があり、当時の状況を正しく伝えていない。単なるフィルムの複製でしかない」
「ふむふむ。ならば、君はそれでいったい何を思ったのだ?」
「うん。それはね。【ヤマト2202はあらゆる肝心な要素を全て欠落させてなぜ成立しうるのか】【なぜあらゆる肝心な要素を全て欠落しているにも関わらずそれを支持できるファンが多いのか】という疑問に答が出るからだよ」
「どんな答だい?」
「ヤマトとはオタク文化の原形であり、現在のオタク文化が要請する正しい要素だけで作品を構成するとヤマト2202になるということだ」
「つまり、オタク以外に由来するあらゆる要素は【不完全な誤り】として除去された状態がヤマト2202ということだね?」
「そう。あれはヤマトのリメイクというよりも、【オタク文化の始祖としての宇宙戦艦ヤマトをオタク文化という視点で正しく作り直した作品】であって、実はリメイクであってリメイクではない」
「でも、実際に当時オタク文化は存在しなかったわけだね?」
「ない。全くない。オタクという用語すらない。あれを担っていたのはもうちょっと違う人種が主体だった」
「つまり、これは過去の創作だね?」
「おそらく作っている側はそうは思っていないだろう。様々な資料や自らの思い出に忠実に作っていると思うよ」
「でも、かなり雰囲気が違ってしまっているわけだね?」
「おいらには致命傷レベルで雰囲気が違うと見えるよ」
「でも、違いが見えない人がいるのだね?」
「そう。あれで満たされてしまう人も多いからだ」
「君の立場から見るとあらゆるものが欠落しているのに、満たされてしまう人がいるの?」
「今のオタク文化が要請する要素だけは揃っているからね」
「でも、それらは70年代には存在してないものだね?」
「一部は存在していたよ」
オマケ §
「結局、ヤマト2202とは滅びつつあるオタク世界を救済する切り札として過去から召喚されたはずなのに、滅びつつあるオタク文化の価値観そのものを体現してしまったので、滅びの背中を押す側にまわってしまったのだろう。当事者はそう思ってないと思うけど」
「なぜそう思ってないの?」
「オタク的価値観において正しいからだ」
「【オタク的価値観において正しい】思想そのものがオタク文化を衰退させている元凶だという皮肉な倒錯状況があるわけだね」