発端 §
WikiPediaのバカチョンの項目を見ると、江戸時代から使われていた用語が関係ない理由によって差別用語と見なされて放送禁止用語となったという解釈が書かれているが、これを一読して【きな臭い】と感じたので、簡単な文献による裏付け調査を行った。
WikiPedia解釈の問題点 §
- 「ちょん」とは江戸時代から「『半人前』や『取るに足らない人』のこと」という解釈の事例として示されるのが、明治時代の小説「西洋道中膝栗毛」である。江戸時代の東海道中膝栗毛ではない。明治時代である
- しかも、『ばかだの、ちょんだの』という記述があるだけで【バカチョン】の用例ではない
- 論拠となっている記事そのものが通俗週刊誌の、しかもWeb媒体である (その上、典型的なネトウヨ著者である。記述にはバイアスが掛かっている可能性を考えておくべきだ)
調査 §
国会図書館デジタルコレクションとざっさくプラスで検索を行った。
その結果、以下のことが分かった。
- バカチョンの用例は戦後にしか存在しない。戦前で検索に引っかかるのはたまたま他の言葉の中に【バカチョン】という用語が含まれる場合だけである。まして江戸時代の用例は見付かっていない
- バカチョンの用例はバカチョンカメラが多く、それ以前にも用例があるが少ない
- 戦後最初の【バカチョン】の用例は1953年の「ハゼの類にバカチョンと呼ぶ魚がある」であるが、明らかに魚の名前である
- 次は1953年の「これ等バカチョン族が調印した後には」であるが、これも外国の一族の名前なので、関係はない
- 次は1953年の「三代目はバカチョンかフヌケの見本だ」となるが、バカチョンの意味は解説されていない (川柳で使われていたらしい)。もしかしたら、これが国会図書館デジタルコレクションで採取できるバカチョンの最初の用例かもしれない
- 最初のバカチョンカメラの用例は発見できた範囲で1964年の「いわゆるバカチョン·カメラを購入した。バカでもチョンでも撮影できるカメラという」である。既に「バカでもチョンでも撮影できる」であるが、チョンが正確に何を意味しているのかは分からない。
- ざっさくプラスで用例が出てくるのは1971年以降でもっと遅い
1953年ぐらいから用例が突然増えていくので、バカチョンという言葉が誕生したのは1953年頃と思われる。語源は川柳と思われる。川柳は文字数が少ないので、バカチョンという言葉を造語して使ったものと思われる。しかし、どの川柳までは特定に至らなかった。
ただし、ここでいうチョンが何を意味するのかは明確ではない。ほとんどの場合、説明無しで使われているためだ。
自分の記憶 §
個人的には、1970年代ぐらいからバカチョンのチョンは朝鮮人の蔑称であり、好ましい用語ではないという説明しか聞いたことがない。
また、チョンを朝鮮人の意味で使う用例は1970年代後期に中学校で見聞きしている。朝鮮人の学校はチョン校と言われていた。逆に、ちょん切るなどの一般的な用例を除けば、チョンをそれ以外の意味で使っている用例はほとんど見ていない。
結論 §
WikiPediaの解釈は、時系列的に独自研究ですらなくただの妄想である。
バカチョンの用例は江戸時代はおろか、戦前にすら遡れない。
ただの妄想である。
妄想であるが、出版社が運営するネット媒体に一度掲載されるとそれを典拠として記述できてしまう。
ネット時代の知の欠陥だろう。
ただし、バカチョンのチョンが朝鮮人を意味するかどうかまでは、今回の調査でははっきりしない。
おそらく当時「バカチョンカメラ」と言っていた人達の中に、その用語に侮蔑駅な意味を込めないで単に「簡単なカメラ」だと思って使っていた人も多かったと思う。実は自分も最初は侮蔑的なニュアンスがあるとは知らなかった。たとえ「バカでもチョンでも」という説明が付いていたとしても、チョンはバカの同類だろうぐらいにしか思わず、朝鮮人に連想が行かなかった人も多かったと思う。
しかし、連想しないからとって許されるわけではない。
聞いている側は連想してしまうかもしれないからだ。
であるから無用のトラブルを避けるために、そういう用語は使わない方が良い。
「バカチョン」「バカチョンカメラ」は使わない方が良い用語であろう。