2003年09月16日
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電子出版でもノンPCの世界にこだわる家電メーカー?

Written By: 川俣 晶連絡先

 電子出版の世界は、景気の良い掛け声だらけ、屍累々という感じで推移してきたように思います。なぜ掛け声は多いのに、成功しないのか。その理由はいくつもあると思いますが、基本的には「技術への過信」と「欲の皮」が問題の根本にあるように思います。それが読者に対してどんな価値を与えるのか、という観点抜きで、送り手が自分の都合で何かをやろうとしても、それは上手く行くわけがありません。

 そのような意味で、また1つ、ちょっとハテナが付く発言を見かけました。

「書店でしか販売しない」、松下電器の電子書籍

https://japan.cnet.com/news/tech/story/0,2000047674,20060896,00.htm

 この記事では、松下電器の読書用電子端末の「ΣBook(シグマブック)」を書店でしか販売しないということを伝えています。そのことは、特に問題ではありません。それは販売方法の1つの選択です。

 そうではなく、松下電器産業パナソニックシステムソリューションズ社 eソリューション本部 eシステム開発グループ グループマネージャー(なんて長い……)の早川芳宏氏の発言の1つが引っかかりました。

 以下の部分です。

文字検索ができないというデメリットがあるが、早川氏は「我々は本を開発した。本に検索機能はない。だから、ΣBookにも検索機能はつかない」と意に介さない。

 この意見は、ちょっとおかしいように思います。紙の書籍でも検索性は求められていて、それが索引のような形で紙の上に「実装」されているわけです。任意文字列の検索はありませんが、それは物理的に実現できないからです。もし、容易に実装可能であるとすれば、それを求める利用者の声が出てくることは当然予想されるし、私だって1読者としてそれは欲しい機能です。ですから、検索機能は要らないと言い切った製品が、検索機能を実現した他者ライバル製品に負ける可能性もあります。また、このような画像でページを保存する方式で始めて、後から文字列検索機能を付けることになった場合の移行コストは、破滅的に大きくなります。(つまり、全部オーサリングのやり直し、ということになるから)

 更にこのあとの文章も引っかかります。

松下ではノンPCで世界を作ろうという考え方があり、マニュアルなしで誰でも使えるものを作っていく」(早川氏)と、松下電器の伝統を受け継いだ製品であることも強調した。

 検索機能が無いことは、PCの世界かノンPCの世界かということとは関係ありません。また、マニュアル無しで誰でも使えることがノンPCの世界ということもありません。実際、松下のビデオデッキを使ったことがありますがマニュアルを読まずに必要な機能を全て使うことはできませんでした。また、携帯電話の分厚いマニュアルを見れば、「ノンPC」イコール「マニュアル不用」とも言えないでしょう。

 また、無理にPCとノンPCを分ける意味も無いように思います。ネットワークを介してつながれば、その機器がどんなプロトコルを喋るかだけが問題なのであって、それがPCか家電かはあまり重要ではないような気がします。

 このようなことから考えれば、この早川氏の意見は、自分でルールを作って、そのルールの上での優越性を主張しているようにも見えます。世間が、このような主張をそのまま受け入れるかどうか、分からないところです。

 少なくとも過去の経験上、電子出版は紙の出版物の単なる上手な模倣では売れないように思います。電子出版ならではの何かの価値を付加したときに、それは価値を持つように思います。たとえば、著作権切れの書籍をただで入手できる、というのは電子出版が持つ紙の出版に対する価値の一例です。そういう意味で、検索機能のような紙に対するアドバンテージを貪欲に追求していかない電子出版が成功する可能性は、ちょっと疑問符が付いてしまうような感があります。

 というわけで、最後に結論を書きますが、この機器も、これまでの多くの屍と同じように、「技術への過信」と「欲の皮」の匂いが感じられます。少なくとも、自分で勝手にルールを決めて良いものだと決めつけるような態度では、かなり慎重な態度で先を見る必要があるように感じられます。

 念のために付け加えますが、株式会社ピーデーにも電子出版事業部というものがあって、有望ならこういうデバイス向けに出版物をリリースしたい気持ちは強くあります。だからこそ、現実の電子出版ビジネスに不安をもたらすような発言が出てくることは、遺憾に思うわけです。

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