2004年04月27日
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無料でコピーしたい! させろ! 無料コピーの歴史から見たオープンソース等、現在のムーブメント

Written By: 川俣 晶連絡先

 ある文章を書いているときに、ふと気付いたことがあります。

 無料コピーの歴史という視点を持って見たときに、現在のオープンソース等の無料コピーを肯定するムーブメントの隆盛をすっきりと解釈できると言うことです。

 ちなみに、これは1つのアイデアであって、正しいという主張ではありません。むしろ、正しいという思い込むことは危険であると思います。

無料コピーの歴史 §

 たとえば、以下のような文章があるとして、これはいつの時代について書かれたものだと思いますか?

  • 自由なコピーを肯定する文化が存在する
  • 利用者の当然の権利が阻害されるような、過剰な保護機構が導入される
  • 過剰な保護機構は、誤動作を発生させ、正規利用者が利用できないケースを発生させる
  • 保護機構を回避するためのソフトウェアなどがもてはやされ、普及する

 著作権保護されたCDであるCCCDや、DVDのプロテクト破りなどを連想して、現在のことだと思った人がいるかもしれませんが、実はこれは1980年代前半の状況を書いたものなのです。

 この当時、コピーできるものはコピーして使うことが賢い、という風潮が確かにありました。そして、コピーを回避するために、パソコンソフトなどには様々なプロテクトが施されました。フロッピーディスクコントローラのLSIを直接プログラミングして、通常はあり得ないフォーマットを作りだして複製できないようにしたり、場合によっては複数の穴を開けたり、傷を付けたりという方法もあったようです。

 行きすぎたプロテクトは、サードパーティーの互換ドライブなどではソフトが正常に使用できない問題を引き起こしました。

 そして、こういったプロテクトを解除するためにツールがいろいろ作成され、これが幅広く普及しました。

 これは過去の状況です。

 しかし、既に述べた通り、これらの特徴は現在の状況を示すものだと解釈しても通ります。つまり、歴史は繰り返していると見て良いと思います。

 歴史が繰り返しているとすれば、現在の無料でコピーすることを肯定するムーブメントが発生した原因として、1990年代以降に生まれたソフトウェアや思想は無い、と言うことになります。つまり、たとえば、Linuxの成功であるとか、ローレンス・レッシングの主張であるとか、オープンソースという思想の誕生が、無料コピー文化を発生させた、とは解釈できません。無料コピー文化は、それに先行して存在していたと言えます。

無料コピー文化の繁栄と没落 §

 先行して存在していたとはいえ、1980年代の無料コピー文化と、現在の無料コピー文化は連続していないように見えます。明らかに、1980年代に花開いた無料コピー文化は没落しています。

 その理由は、おそらく、違法コピーは犯罪であるという意識の啓蒙にあると思います。1980年代の無料コピー文化は、単純に、無料でコピーできるものは無料でコピーすることが賢いという牧歌的なものでした。それが、明確に違法コピーとなり、犯罪であるという判例などが蓄積され、社会もそれを犯罪であると認識するようになり、牧歌的な無料コピー文化は衰退していったのだろうと思います。

 もう1つ、直接関係はありませんが、音楽CDの普及も無料コピー文化の活動を抑えるはtらきをしていたかもしれません。音楽CD登場前は、アナログレコードとオーディオカセットの全盛期です。この時代、脆弱なアナログレコードをすり減らさないために、オーディオカセットに録音してそれを聞くということが行われていましたが、それと同時に、アナログレコードを買った人に録音してもらってそれを聴くという無料コピーも多かったように思います。しかし、音楽CDの圧倒的な高音質(本当に高音質であるかはさておき)と使いやすさを前提にしてしまうと、オーディオカセットに録音する文化は衰退せざるを得なかった印象を受けます。

 しかし、無料でコピーしたいというニーズは水面下でくすぶっていたようです。CD-Rというメディアが一般化すると、音楽CDを音質劣化することなくコピーすることが容易になり、これが驚くほど爆発的に普及しました。これらは、時期的に見て、Linuxやオープンソースの流行に先駆けて発生していると思います。

 CD-Rブームの発生後に、ただ単に無料でコピーできるものは無料でコピーしたい、という単純な価値観ではなく、無料でコピーすることの正しさを肯定する理論性、思想性が普及していくことになります。

実践と思想の倒置は何を意味するのか §

 この流れの順番から見ると、まず無料コピーの実践があり、その後からそれを正しいとする思想が付いてきたように見えます。(ここでは、実践や思想がいつ生まれたのか、というタイミングを見ているわけではなく、社会に普及した時期で見ています)。

 そうすると、思想は実践の原点ではなく、実践を理論武装するために後追いで普及したものである、と見ることができます。

 つまり、無料コピー文化は、ローレンス・レッシングの主張であるとか、オープンソースという思想の上に成り立っているものではないと見ることができます。それらは、無料コピーを犯罪という状況から脱却させ、正当化するために無料コピー文化によって採用され、普及したのだと見ることができます。

理論武装しても後ろめたいのか §

 このような解釈を取ると、1つ気になっていることについて、すっきりと理解できることに気付きました。

 気になることとは、無料コピー文化への批判が過剰反応として返ってくる事例がしばしば見られることです。たとえば、自分の全人格を否定されたかのように激しく反論したり、相手を何も理解していない古い人間であると断じてコミュニケーションを拒否する、などです。

 もし、彼らの持つ思想が正しいものであると確信しているのであれば、それほど過剰に反応する必要があるとは思えません。少なくとも、オープンソースなどの文化については、社会は驚くほどに寛容で、かつ歓迎されています。それにも関わらず、深く立ち入られることを拒絶するかのような過剰反応が見られる場合があります。

 これは、彼らの思想が、無料コピー文化を正当化するために後付けされた理論武装に過ぎない、と考えるとすっきりと理解できます。つまり、思想は彼らにとって本質ではなく化粧に過ぎません。深く立ち入られ、化粧を落とされてしまうと、彼らは罪人であるかのように扱われかねない、という危惧があり得るのです。

 実際には、様々な要素が絡み合っているので、こんな単純な解釈で全てを理解することは不可能でしょう。(それに加えて、この文章が正しいという保証すらどこにもありません)

 しかし、どんな高邁な思想よりも、一般に流布されるときには無料であることが特に強調されてしまうLinuxの事例などを考えると、思想よりも無料であることがムーブメントの本質ではないか、という気がしないでもありません。

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