2009年04月13日
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京王電気軌道初期の電力供給ルートに関するアイデアメモ

Written By: 川俣 晶連絡先

 以下はアイデアのメモなので信じてはいけません。

 東京電燈株式会社開業五十年史が届いたので、少し触発されて以下の点等を少し検討してみました。

 京王帝都三十年史19ページより引用します。

電灯事業とは別個の電車運行用の電力は、これより先に完成していた笹塚変電所を通じて東京電灯株式会社から供給を受けていた。

資料について §

 京王関係の鉄道専門書に掲載された写真の大多数は車両を撮影したものです。しかし、驚くほど架線柱もよく写っています。どこに、どの程度の規模の送電線網が線路の上や間近にあったのかがある程度分かります。これが、調査検討を進めることを可能とする「決め手」です。

位置関係説明地図 §


より大きな地図で 京王初期送電補足説明図 を表示

青ピン=淀橋変電所、赤ピン=天神橋変電所、緑ピン=元・笹塚変電所(推定)、水色ピン= 和田堀変電所、青線=現駒沢線 (おおまか)、赤線=元・淀橋線 (おおまか)、水色線=神田上水助水 (おおまか)

天神橋変電所と笹塚変電所は京王の変電所。他の変電所と送電路は元東京電灯のもの。神田上水助水のみ水路。

笹塚変電所に至る経路 §

 笹塚変電所の位置は笹塚駅西側、玉川上水と線路に挟まれた位置にあったようです。

 このあたりを撮影した写真は実はあまり多くないようです。しかし、戦後の写真で笹塚変電所の東西に延びる高圧線が線路上に存在しているらしいことは分かります。これが、どちらから来ている送電線であるかはこれだけでは分かりません。

 しかし、笹塚駅のもっと東側(初台付近等)の写真を見ると、そのような大規模な架線柱が無いようにも感じられます。

 これだけ見ると、代田橋駅で上空で交差する東京電灯の送電線(現駒沢線/東京内輪線)から分岐し、線路の上を笹塚まで結んだ、という可能性が高そうに見えますが、後述の通り開業時の経路がこれである可能性は低そうです。

天神橋変電所 §

 笹塚と天神橋変電所の中間当たりの写真を見ると、高い架線柱は見えません。つまり、現駒沢線(東京内輪)から天神橋変電所への経路はあまり想定できません。

 天神橋変電所は淀橋変電所が比較的近いので、そこから電力を受けているという仮説を考えてみました。

 すると、驚くことに、このラインはほぼ神田上水助水に相当することに気づきました。天神橋変電所は玉川上水から神田上水助水が分かれる点の近くにあり、淀橋変電所は神田川と神田上水助水の合流点近くにあります。

 仮に、この区間に送電線が存在したと仮定すると、神田上水助水ないしその周囲の土地を通すことができたことになります。

 また、このロケーションは「なぜ変電所が天神橋にあるのか」という根拠付けとしても解釈できます。

 偶然にしてはあまりにも綺麗にはまりすぎているので、真偽が気になるところです。

 このあたりは、十二社や淀橋浄水場関係の写真から何か検証できることがあるかもしれません。

まだ終わらない! §

 更に何気なく東京電燈株式会社開業五十年史を見たところ、107ページ「送電関係一覧図(大正二年一月一日現在)」という図にはっきり描いてありました。淀橋変電所から京王電鉄への経路が存在します。

東京電燈株式会社開業五十年史 107ページ 送電関係一覧図(大正二年一月一日現在)

 しかし天神橋変電所は昭和9年であり、大正2年の時点では京王には笹塚変電所しかありません。ですから、この経路は笹塚変電所への経路としか考えられません。では具体的にどのような地理的な経路で結ばれていたのでしょう? この図を見る限り、この点ではまだ和田堀変電所(開閉所)もまだ存在していないようなので、ここを経由して代田橋に結ぶラインはありそうに感じられません。そもそも、これは不自然に遠回りになりすぎます。

補足 §

  • 笹塚よりも東に変電所を設ければもっと淀橋変電所に近くなるようにも思えるが、最初の電車開業路線は笹塚・調布間なので、笹塚が線路沿いの最も近い地域となる
  • WikiPediaには「1913年(大正2年)4月8日に、笹塚変電所(100kW)に、玉川電鉄と東京電燈から電力を買い」と書かれていて、玉川電鉄から笹塚変電所に送電されているように書かれている。しかし、少なくとも京王帝都三十年史にはそのような記述は見られない。更に要調査であるが、玉川電鉄関係の資料は東急に吸収された後で散逸し、あまりよく残っていないという話もあるのでどこまで分かるかは何とも言えない

まとめ §

 とりあえず、以下の2点の疑問を立てておきます。

  • 天神橋変電所の所在地がここである根拠は、淀橋変電所と神田上水助水にあるか?
  • 京王開業時の淀橋変電所から笹塚変電所までの送電経路は具体的にどうなっていたのか

感想 §

 まさに「3次元郷土史」そのものという構造で話が広がっているのが興味深いところです。鉄の道、水の道、雷の道の三位一体攻撃なくして、これは解釈できません。

 更に、既存の写真から今まで読み取れなかった新しい情報が解釈できることも興味深いところです。

余談 §

 帝都電鉄の和泉変電所らしい施設が背景に写っている写真も見つけました。車両の背後なのであまりよく見えませんが、高い鉄塔類はある程度見えます。しかし、具体的な送電路までは明確に見えません。

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