2009年04月10日
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新しい刺激の世界か・京王の電力事業と送電線に注目する

Written By: 川俣 晶連絡先

 少し妙な成り行きになってきました。

 送電線の鉄塔を見るようになってから、それと様々な問題との関連性が気になる始めたわけですが。

 1つの大きなテーマとして「京王と電力」というテーマが浮上してきました。

 これには2つの切り口があります。

 1つは、京王電気軌道初期の時代の電力事業の位置づけと解釈です。

 もう1つは、現在を含む京王線が持つ電力網(鉄道事業用)です。

電力事業の位置づけ §

 少し長くなりますが、京王帝都三十年史19ページより引用します。

■電灯・電力の供給

 ところで、京王電軌の開業は先述したように大正2年だが、最初の営業収入をもたらしたのは実は電灯・電力の供給事業であった。この事業は、電車開通より4か月早く、大正2年1月1日に営業を開始しているのである。

 府中火力発電所がこの事業を担うが、建設着手は明治45年8月、軌道敷設工事と並行して電気工事を進め、大正元年12月に竣工している。この発電所は、最初から、独立した電気事業部門として近在の民家に電灯・電力を供給することだけを目的として建設された。電灯事業とは別個の電車運行用の電力は、これより先に完成していた笹塚変電所を通じて東京電灯株式会社から供給を受けていた。

 府中火力発電所は、調布町・多磨村・府中町および西府村の4か町村を供給地域としていた。戸数612戸・灯数1,387灯である。当時の府中町だけをみても戸数968戸・人口5,937人であったから、電灯の恩恵に浴したのは半数にも満たず、しかも1戸平均2灯の夜間送電であった。発電所の発電エンジンの調子もあまり良くなく、停電もしばしばであった。それでも、煩雑不便なランプ生活から解放された住民の喜びょうは大きかった。何でも、電灯の恩恵に浴した地区では、人人が大勢集って、電灯を眺めながら一晩中飲めや唄えやの大騒ぎをしたらしい。

 大正4年12月には、調布停留場の南側(現在の調布総合指令所構内〉に調布変電所が完成し、また、新たに玉川電鉄から電灯用として300キロワットの供給を受けることとなった。府中火力発電所は、いささか効率が悪かったものの、ともかく先駆の役目を果して、この時廃止になっている。

 こののち、軌道工事(調布~府中〉の進展にともなって、電灯・電力の需要は急増し、供給区域も沿線からさらに中央線北側の町村、多摩川南岸地区にまで及んでいる。大正9年上期には28か町村に供給し、灯数も開業当時の約20倍の2万231灯に達している。なお、この間の大正6年に、東京電灯株式会社と電灯供給区域の交換契約を結んで、供給地域の調整を行っている。

 つまり、京王初の発電所である府中火力発電所は、最初から鉄道への供給を想定しない電力事業専用であり、しかも鉄道に先立って営業を開始しているわけです。

 更に言えば、この時点でまだ京王線は府中に達していません。完全に鉄道とは独立した事業です。

 これはもう、京王のイメージを塗り替えてしまうような話です。

 もう1つ注目すべき点は、最初から鉄道事業用の電力は最初から大手の電力会社である東京電灯から供給を受けていた点です。しかも、笹塚変電所経由と明確に示されています。

 この笹塚の変電所がどこにあったのかはまだ明確には調べていませんが、古地図を見ると笹塚駅西方の線路北側や南側に発電所等の地図記号が見えるので、そのあたりかもしれません。とすれば、代田橋駅の上を通過している現在の駒沢線にあたる内輪線から供給を受けた変電所であるという可能性もあり得ますが、そのあたりは全く未調査です。(古地図では帝都電鉄もこの内輪線から和泉変電所に電力を受けていたように見える)

鉄塔 §

 写真発見・京王線仙川付近の切通しは開業当初からは無かったようだに引用した写真ですが、これをよく見ると鉄塔のようなものが立っています。

 これは、サルマルヒデキさんにもお見せして意見を聞きましたが、やはり京王の一般向けの送電線網の一部ではないかと推定されます。

 線路に沿った送電線網が存在するのは、当然想定される状況です。とすれば、古い京王の鉄道関連の写真を見れば、そのような送電線網を知るヒントが得られる可能性も出てきました。(現在でも線路の上に送電線網が存在する部分がある)

現在の送電線網 §

 現在の京王は鉄道事業用の送電網を持っています。運転用の電力は直流1500Vですが、それとは別に事業用の6600V等の三相交流のケーブルも持っています。

 それらは実際に架線柱の上等にあるので、見ることができます。

 ということに、桜上水駅近くの上北沢変電所の前を通りかかって気付きました。

上北沢変電所付近

 この写真の右側に上北沢変電所があり、地下を通って左の線路側に出て、架線柱の上に線が向かっています。

 ちなみに、3本セットのラインは三相交流だろう……といった推定も可能です。

 ともかく、これらのラインは実際によく見えるという意味で、しっかり見て解釈することに意味がありそうです。

鉄道模型の問題 §

 さて、余談に走りますが。

 船舶の模型では糸張りが重要な作業となります。特に帆船では多くの糸を張らねば模型が作品として完成しません。

 同じように、鉄道の上にも多くの線があります。しかし、これまでの鉄道模型はそれを再現してきたと言えるのでしょうか? (私はそういう事例をあまり見た記憶がない)

 上の写真のような色気のある光景を模型で全て再現していくと、新しい魅力が生み出されるのではないか、という気がしました。

余談 §

 北近畿タンゴ鉄道の『4月の土日「KTRおかみさんアテンド列車」を運行』という見出しを見たとき、「もはやKTRは京王帝都の略称ではない」と気付かされて、うなだれてしまいました。

 昭和は遠くになりにけり。

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