「面白い! こういう映画があるとは知らなかった」
「だって、ゴジラだろう? どこがいいわけ?」
「正義怪獣ゴジラという概念は存在しない。人間がゴジラに立ち向かい話だ」
「モスラはどうした。キングギドラはどうした。モスラは人間を守ってくれないのか? キングギドラをゴジラは倒してくれないのか?」
「いや、キングギドラは人間の味方なのだ。護国聖獣なのだ」
「過去のキングギドラの否定かよ」
「そう。1本目のゴジラ以外の怪獣映画は全て無かったことになっている世界観だ」
「どういう世界観だよ」
「ゴジラが1回出現しているので、防衛軍が存在している。防衛軍はイージス艦やスホーイみたいな戦闘機を装備している」
「それで?」
「怪獣に対峙する、防衛軍の人間である父と、ジャーナリストの娘を軸にした映画なのだ」
「怪獣が軸じゃないの?」
「そうだ。映画の軸はあくまで父と娘にあるのだ。この父と娘がある意味で対立して和解する映画なのだ」
「じゃあ、怪獣の立場って?」
「巨大で恐ろしい驚異。まさに映像でもそう描かれている。進撃する怪獣よりも、怪獣が歩く振動に狼狽する人間の方が描かれる。そっちが主役だからだ」
「なんで? 怪獣映画が怪獣主役にしないの?」
「だって、観客は人間なんだぞ。怪獣を目撃してしまう人間に感情移入できる」
「な、なるほど」
「だから、モスラもキングギドラも日本を守る護国聖獣となって、本来の設定からは切り離されてしまうが、どうもこれは途中でメジャー怪獣に設定変更されたようで、本当は別の怪獣だったらしい」
「えー」
「でもね。モスラが出るとなぜか二人組の若い女性が見ていたり、ギドラが進化してキングギドラになる等、それなりにその怪獣らしさは出ていた」
「ははは」
「あとね。ラスト近くで、潜航艇のコクピットにそこにいないはずの娘がいるという描写は凄く良かったね」
「お化けかよ、幽霊かよ、オカルトかよ」
「そこにいないはずの人が出てくるのは映画の定番演出だよ」
「なるほど」
「ゴジラ映画はあまり見ていないが、これは面白い。こういう映画はいいよ」
「単なる怪獣プロレスはダメでも、怪獣という問題を人間が必死に解決する話はいいわけだね」