※ 本書はフィクションであり、登場する地名人名会社名野球チーム名などの固有名詞は全て架空です。
プロ野球球団、広島カープは広島市の市民の希望を背に受けて、宿敵ジャイアンツと対戦すべく東京に向け専用バスで出発した。
しかし、バスは霧の中で消息を絶った。
まもなく、ガードレールの破損箇所が発見され、バスはそこから海に転落したものと考えられた。しかし、バスの捜索は海が深く難航した。それでも必死の捜索によってバスの残骸が発見された。遺体は運転主の分しか見つからなかったが、カープの選手達は落下中にバスから放り出されて魚に食われてしまったと考えられた。
広島市民の悲しみは大きかった。
そのため盛大な葬儀が執り行われた。
だが、カープの選手は死んではいなかった。
気がつくと彼らは魔法世界にいた。
「ここはどこだ」と監督をはじめ選手達は首を捻った。
やがて分かってきたことは、その世界は魔法が発達していて、魔法を使えるのは女性だけだということ。そのため、女性の方が男性より上位の社会が形成されていた。
カープの選手達は当然男ばかりなので、どこでもあまり良い扱いを受けなかった。
選手達は落ち着き先を探して魔法世界を彷徨った。
その過程で、この世界にも野球が存在することが分かった。しかし、プレイしているのは全員女性だった。
「我々も野球選手だ。プレイさせてくれ」と求めても、「男はダメだ」というばかりで相手にもされない。
ベンチにも男は入れないらしい。男子チームどころか、女子チームの男子マネージャーすら入れないという。
カープの選手達は落ち込んだ。
プロとしての技能を見せる機会が全く与えられないのだ。
彼らは最終的に、男女平等を主張する例外的な思想を持つ都市国家、エスト市に流れ着いた。
「この街のモットーは男女平等です。女性が上位ではありません」
「なぜそんな思想を」
「前大戦で巨大魔法ボムを打ち込まれて壊滅的な被害を被りました。そんな経験がある都市は、こことロングケープ市だけです。ですから魔法を使う女性の暴走を止めるために、男も権利を持たねばならないと考えています」
「では、ここなら男でも野球ができますか?」
「もちろん」
ここは広島に似ていると思ったカープ選手達はここに腰を落ち着けることになった。
市民達は、野球をプレイするカープ選手達に喝采を送った。彼らの支援で、選手達は野球チームとしての活動を維持できたのだ。
だが、楽な日々は続かなかった。
男女平等の思想が気に入らない超大国カメリアからの圧力が掛かってきたのだ。男女平等はやめて女性上位社会に切り換えろというのだ。そうしなければ魔法で攻撃するという。
だが別の超大国が仲裁に入った。
「魔法による武力攻撃はいかん。もっと平和的に解決しなければ」
「では野球の勝負で白黒付けるのは」
「いいでしょう」
これなら勝てるかも知れないとエスト市民は希望を持った。
しかし、超大国カメリアは全大陸リーグの優秀選手を集めたドリームチームを送り込むと知って希望はしぼんだ。明らかに、エスト市の公式女子野球チームでは勝てない。まして男性チームはそれ以下だ。
そこでカープの選手達は立ち上がった。
「我々が行きます」
「しかし……」
「野球の試合なら魔法禁止でしょう? 魔法が使えない我々にも勝ち目はあります」
「だが、君らは男だ。男が女に勝ったことなど、過去に一度もない」
「我々の産まれた世界では、体格差があるから男が女に勝つのはよくあることです」
「では……」
「我々は勝ちます」
カープの選手達はエスト市の命運を担って試合に出発することになった。
「敵のチーム名はオールスター・ドリームチームだそうだ」とエスト市の市長は言った。「我々はなんと伝えよう」
「広島カープ。我々は広島東洋カープです」と監督は言った。「いやまて。今の我々は広島市の市民の支援で成り立っているわけではない。エスト市の市民の支援で成り立っているのだ。本日をもってチーム名は広島カープ改めエストカープだ」
エストカープの選手達は馬車に乗り込み、決戦の地、バックイージーランドに向かった。
だが、到着するとすぐにベンチ入りが拒否された。伝統ある球場に男を入れることはできないというのだ。
軍隊まで出てきて、選手達は拘束されそうになった。
だが、敵チームの監督がその窮状を救ってくれた。
「我々は戦って勝つためにここに来ました。対戦をさせなさい」
「こいつらは男ですよ。伝統は守らねばなりません」
「新しい伝統は私たちが作るのです」と敵の監督は言い切った。「私たちが勝って女の方が優れていることを証明します。もし不戦勝なら、戦っていれば勝てたと後々言い出す男達が出るでしょう」
審判と軍隊が帰るとカープの監督は感謝の言葉を言った。
「私たちも男と対戦してみたいのだ。それに我々は男に目が無い。いい男が揃っているチームとの対戦ならば断るはずが無い。まあ勝つのは我々だがな。我がチームの選手達の、誰のハーレムに入るのか今から考えておけよ。いい男達」
「ご冗談を」
「カープの監督よ。負けた後で私のハーレムに入ると約束するなら、手加減してやってもいいぞ」
「手加減は要りません。正々堂々とやりましょう。それが我々の世界のスポーツマンです」
「ますます惚れたぞ。試合後に改めて口説きに来よう」
そしてついにプレイボールの時が到来した。決勝点のホームランが打ち上げられるまで、時間は掛からなかった。
試合のあと、球場は霧に包まれた。
確かにベンチに戻ったはずのカープ選手達が球場から出るところを見た者は誰もいなかった。
(遠野秋彦・作 ©2017 TOHNO, Akihiko)