謎のアニメ感想家(笑)、翼の騎士トーノZEROのアニメ感想行ってみよう!
今日のGGG FINALの感想。
サブタイトル §
第10話 超勇者黙示録!
あらすじ §
ソール11遊星主との戦いに参戦するGGG。
しかし、彼らはソール11遊星主によって分断され、レプリ地球各地に落下してしまいます。そこで、互いに協力できない戦いを強いられます。
ジェイとルネはピンチに陥りますが、互いに手を握ると、ジェイジュエルとGストーンが共鳴して思わぬ力を発揮可能になります。二人は手をつないだままキングジェイダーにメガフュージョンします。
そして、ソール11遊星主の三段空母もロボットに変形してキングジェイダーと戦いになりますが、戒道をメインコンピュータにしている三段空母をキングジェイダーは攻撃できません。
感想 §
ジェイとルネが手を握ることで逆転していく展開は、とてもロマンチックなところがあって良いですね。ある意味で、物語の原点ともいえるとてもベーシックな展開ではありますが、それがまたこの極限ドラマの中では光り輝いて見えます。
新宿副都心を始め、地球各地を壊しまくり。レプリ地球という設定があればこそ許される破壊のカタルシス!
ソール11遊星主の三段空母は、このデザインで変形するのか!とびっくりのロボット形態への変形を見せてくれました。しかし、真に素晴らしいのは、ロボット形態からも艦載機を発進させている描写です。良くあるパターンだと、人型になった瞬間に元の姿の機能性を失ってしまう展開が多いのですが、この作品はそんなにぬるくはないわけですね。ロボット形態でも飛行甲板は飛行甲板としての機能性を維持しています。これは、思わず絶句させられるほどの凄いこだわりのデザインです。
今回の名台詞 §
ガイ「生きる資格、それはもがき苦しむことで勝ち取るものだ!」
この台詞は良い! とてもとても良いです!
というのは、ある意味で、エヴァンゲリオンにおける「僕はここにいて良いのか」という問いかけの対極の主張と見ることができるからです。
人間は誰しも生まれたときには何者でもないのです。そして、子供は、子供であるという理由によって、そこに生きる意義を全肯定されます。しかし、子供が大人になっていく時には、彼/彼女の存在意義は社会によって評価されます。そこで、「僕はここにいて良いのだろうか」あるいは「僕の居場所はどこにあるのだろうか」と問うのは無意味です。なぜなら、何もせず、何者でもない人間の居場所など、社会のどこにもあるはずがないからです。
それは、当たり前のことに過ぎません。
居場所は、自ら戦って勝ち取るしかないのです。
その戦いは、まさに相手を叩きのめして居場所を奪う行為かもしれないし、誰かにとって便利な存在になることによって存在意義を強制的に認めさせる行為かもしれません。いずれにしても、人は自ら努力によって何者かになるのであって、努力抜きで自分のいるべき場所を問うのは全くの無意味です。
そしてガイは、まさに必死に苦しむことで勝ち取るべきものが、生きる資格だと言っています。
そういう意味でエヴァンゲリオンとは全く評価に値しない作品だと思っているし、逆にこの作品が、これほどまでに素晴らしい台詞を言ってくれたことは、心底嬉しいと思います。