謎のアニメ感想家(笑)、翼の騎士トーノZEROのアニメ感想行ってみよう!
今日のミルモの感想。
サブタイトル §
最終回 「みんないっしょにミルモでポン!」
あらすじ §
楓はミルモが消えたことに気付きます。
楓には他の妖精も見えなくなります。
楓はガイア族に呼ばれ事情を教えられます。
ミルモは掟を破り罰を受けました。罰とは、妖精ではないものになって、人間界にいることです。それは人かもしれないし、石ころかもしれません。ミルモを見つけ出し、自分が妖精であることを思い出させることができれば、ミルモは元に戻ると言います。
楓のクラスで飼っているウサギのミミピョンの檻に、小さなウサギがいることが見つかります。
それがミルモの変わり果てた姿でした。
楓はウサギを自分の家に連れ帰り、必死に語りかけます。しかし、ミルモはエサを食べるばかりです。
時間が経過することで、楓は妖精のことを忘れそうになります。
楓はミルモがウサギのままでも一生一緒に生きると語りかけます。なぜなら、二人はパートナーだから。それを聞いたミルモは、徐々に自分のことを思い出し始めます。
自分のことを思い出したミルモは再び妖精の姿の戻りますが、食べ過ぎて太りすぎていました。
楓達は卒業式を迎えます。
うたた寝から目覚めた楓は、マグカップがないことに気付き、今までのことは夢だったのだろうかと疑います。
しかし、ミルモがやって来て妖精界のマグカップレースにエントリーしたから来いと、楓を妖精の姿に変身させて連れて行きます。
感想「ちゃあみんぐ」の最終回として §
「ちゃあみんぐ」とは、つまり楓に課せられた恋のトラブルのドラマであったといえます。
楓は、彼女に恋心を抱く優しさに溢れた好少年と、万能と言っても良いほどに優秀で魅力ある少女によって、結木との恋の成就を妨害されます。
しかし、その状況を彼女は乗り越えます。
もっと言えば、楓は自力でそれを乗り越えたと言っても良いと思います。
パートナーの妖精であるミルモの助けは、従来のシリーズと比較して、さほど受けていないと言っても良いと思います。
しかし、直接的な助けは借りていなくても、「ミルモのおかげで強く慣なれたわたし」というアイデンティティが楓の強さを支えていることは間違いありません。
このような楓に対して課せられた最後の試練とは、ガイア族が言うような利己的なギブアンドテークによる形ばかりのハッピーエンドの否定です。
つまり、もともとミルモと楓は、自分の都合によって互いの利益をかなえ、その結果として関係を解消するというドライなビジネスライクな関係にあったわけです。言い換えれば、単に欲しいものを手に入れたから終わり、という関係です。
もちろん、楓とミルモは、とうの昔に、そのようなドライな関係を踏み越えています。二人の間に存在するのは、恋愛関係とも家族関係とも友人関係とも違う、まさにパートナーとしか呼ぶことのできない親密な関係です。
そのような関係を扱うために、妖精達の掟は既に十分ではなかったのでしょう。しかも、このような関係は、楓とミルモの間だけではなく、他の者達との間にも発生しています。
だからこそ、ガイア族は掟の書き換えを行うために、わざわざ楓をガイアの里に呼んだのでしょう。
ちなみに、ガイア族は厳密に言えば妖精ではなく、おそらく妖精が見えない楓であってもガイア族は見えたのでしょう。
感想「ミルモ・シリーズ」の最終回として §
ミルモ・シリーズは、4本続いたことになります。
最初の「無印」、「ごおるでん」、「わんだほう」、「ちゃあみんぐ」と続きます。
見ていない時期もそこそこあるものの、かなりの割合を見たのは間違いありません。
そのような観点から今回の内容を見たとき、非常に納得が行くのは、無印第1話で結木との恋愛の成就を望んだ楓が、まさにこのシリーズ最終回でそれを成就するという筋の通った展開です。途中で紆余曲折はあれど、まさに願いが叶うことで終わっています。
もちろん、この結末が最善であるかは異論があり得ます。
ただ単に好きな人と結ばれて終わるというのは陳腐すぎるという批判はあり得るでしょう。また、本来は分かれて忘れるはずの妖精達と、永遠に付き合っていくという結末はある意味で「大人になることの拒絶」「永遠の子供時代、あるいは永遠のモラトリアム」という受け止め方ができると思います。
しかし、この作品が「赤ん坊の姿をした無害そうな小さな妖精達が毒舌を吐く」ことによって、本当に大切なことを語るためのシステムであるとすれば、毒舌を吐くためのシステムが崩壊しないことの方が健全な結末であるという言い方もできるでしょう。
しかし、何より私が嬉しかったのは、妖精モードの楓の姿を2回も見られたことです。
ガイア族の呼ばれて妖精の姿を見たときは、本当に嬉しかったですね。しかし、驚いたことに、まさにこのドラマが終わる最後のシーンで、楓は妖精の姿に変身しています。まさに最後の印象が妖精への変身です (しかも、可愛くない方のミモモも姿の直後)。
これこそが、もう最高に泣かせる良い終わり方ですね。
実は、南楓の本質とは、妖精そのものであったと言えるのかもしれません。
今回の名台詞 §
五郎「おまえのかあちゃん、サリア~」
素晴らしい!
ウサギになったミルモを相手にこれを言うワルモ団。
ミルモの母はサリアという名前なので、何ら侮蔑になっていません。
このセンスは素晴らしすぎるぞ!
これで終わりだ! §
これにて、ミルモ・シリーズすべての終わり!
お疲れ様でした!
そしてあらためて気付く、いかにこの作品が心の救いになっていたのかを!
余談・この感覚はもしかして……!? §
こうして最後のまとめの感想を書いているうちに気付きました。
この感覚は初めてではありません。
佐藤さとるのコロボックルシリーズに似ています。
コロボックルシリーズは、昔から日本に住む小さな人々、コロボックル達と人間達が出会う話です。善意ある少数の人間達と触れ合うことで、人間に対して閉鎖的であったコロボックル達は、彼らの「掟」を塗り替え、限られた信用できる人間達とのパートナー関係を構築していきます。
ちなみに、基本的には児童文学と呼ぶべきものだと思いますが、最初の1冊「誰も知らない小さな国」は、大人向けの作品と見て良いのではないかと思います。
ついでに補足すると、アニメの「冒険コロボックル」はこれを原作にしたものですが、(面白いですけど)内容はまるで違います。