「前にキャプテンスカーレットの話をしたけどさ」
「うん」
「そこに、女の子だけの戦闘機隊ってのはもう出てるんだよ」
「エンジェル隊だね」
「ギャラクシーエンジェルを待つまでもない。1970年代既にそういう存在は前提だったんだ」
「つまり、今時の萌えはなんら目新しくないってことだね」
「そういうことが明確になる事件があった」
「というと?」
「アリス・トルーパーVol.1というコミックが本棚の隙間から掘り出された」
「どんなの?」
「1990/04の出版で、軍隊+女の子というコンセプトだ」
「なるほど」
「つまり、とっくの昔にそういうのは見ていて、今更馬鹿馬鹿しくて手を出せない。だから今時の萌えるミリタリー本はぜんぜん買ってない」
「ははは」
「掘り出されたこの本の中でもいちばんのヒットは、吉岡平原作+豊島ゆーさく画の『お兄ちゃん戦車』という作品」
「どんなの?」
「ロシアが北海道に侵攻してくる」
「それで?」
「死んだお兄ちゃんが作ったスーパーメカで可愛い妹がロシア軍を撃退する」
「妹萌えも、当時からもうあったわけだね」
「ぜんぜん目新しくないよ」
「それで?」
「実に馬鹿馬鹿しい特撮SFメカ風。操縦はタ○ヤの戦車のリモコン」
「タミ○のリモコン戦車か」
「今時の若い人には分かるまい。みーんなディスプレイモデルかRCだからな」
「ワイヤードリモコンの戦車はあまり見ないね」
「ってか、まだあるのかな?」
「さあ、知らないな」
問題はどこにあるのか §
「それで話はどこに行くの?」
「いいかい。このアリス・トルーパーという本をきちんと読むと分かることだけどさ。これは反語なんだよ」
「というと?」
「あり得ないことをやっているという自覚がにじみ出ている」
「そこが、今時のオタクの表現との違いってことだね」
「だからさ。『お兄ちゃん戦車』も一応途中までは真面目なんだよ。ところがさ。妹が戦うという段階になるとギャグになる。ギャグに落とすための構成なんだ」
「ははは。落差が笑えるわけだね」
「この本のどの作品もおおむね戦場に女がいるのはおかしいよね、って自覚が描き手の中にある。特に第2次大戦あたりを題材に取って来るとだ。でも、エロ漫画本だから女が出てくる。ホモ漫画にはできないからだ」
「なるほど。戦場にいるのはほとんど男ばかりの軍隊だから、ホモ行為もあり得たそうだからね」
「リアルを追求するとそうなる。可愛い部下にケツを出せと要求するわけだな」
「でも、それじゃ商品にならないね」
「商品性が狭くなってしまう」
「狭い狭い」
「おいらの趣味でもないしね」
「では、話はどこに持って行けばいいの?」
「うん。だからさ。女性とは助けを待っている、あるいは帰りを待っている存在になる」
「なるほど」
「まずこれが話の起点だ。いいね」
「うん」
「とすればこの世界観において、女とは目的そのものあるいは、目的を達成した後で出会うことができる相手になるわけだ」
「そうなるね」
「ならば女は戦わない」
「戦闘美少女の否定だね」
「より厳密に言い直そう。戦う女の子はフェティッシュ感があってある種の人気がある。これは事実だ。しかし、それは本来戦わない筈の女の子が戦う意外性に価値があるのであって、戦士としての女に価値があるのとは違う」
「つまり、ハドソン婦人は普段銃を撃たないからこそ、撃ったときのインパクトが大きいわけだね」
「そうだ。いつも撃っていたらインパクトはない」
「なるほど」
「だから、意外性を演出するために女が戦う選択肢を保留しつつ、戦闘は男性主体の集団が担い、仮に女性がいても補助的な役割に徹してしまう」
「女性艦長も否定されるね」
「そうだ。否定される」
「で、この話はどこに行くの?」
「ヤマトだ」
「えっ?」
「つまり、戦う女の馬鹿馬鹿しさに気付いてしまい、行き着く先を模索すると行き着く先はヤマトってことになるのだ」
「確かにスターシャは目的そのものだし、森雪はガミラスに勝って手に入れる報酬だ」
「うん」
「でもさ。それは順番が倒錯してないか? ヤマトの方が古いのではないか?」
「戦う女とは、キャプテンスカーレットの時代はおろか、それ以前からあった手垢のついたコンセプトに過ぎない。ヤマトはその後に位置づけられるのだ。時系列で倒錯なんてしてない」
「えっ? ってことはオタクが後生大事に抱えている『萌え』は何も新しいことはなく、むしろヤマトよりも古いってことなのか?」
「昔を知らないから古さに気付いていないだけで、実際はかなり古いだろう」
オマケ §
「ヤマトは、結局戦艦大和が沈んだ昭和20年よりも手前にルーツは求めにくい」
「沈まないと復活できないってことだね」
「最初から亡霊の話だからね」
「敗戦の衝撃と不可分に見えるし」
「それに対して、フィクション上の架空の人物への恋は戦前まで遡れるし、19世紀までは楽勝で巻き戻せるだろう。もしかしたら、もっと古いかも知れない。実像を離れ一種のキャラ化した昔の偉人へ恋い焦がれるような行為はそれ以前からあるかもしれない」
「ラノベが生まれるずっと前から、小説の挿絵の異性に恋をする行為はあったわけだね」
「小説はそれほど昔まで遡れないが、物語はある。物語に即して描かれた絵画もある。そこに異性もいる。しかも、しばしば裸でね。それは妄想により消費されたんだ」
「エロ同人誌と構造は同じだね」
「だから、ぜんぜん新しくないんだよ」