梶野新田分水の経路について何か追加情報がないか水道歴史館の図書室に寄ってみて、昔見た資料を再び見ました。しかし、その件には何の新情報も無し。
ところがその過程で興味深い記述を発見しました。
万助橋下流約60メートル左岸には直角に開口したコンクリートの構造物がある。井の頭池と連結していて放流口と取入口をかねている。(玉川上水の歴史と現況 昭和60年3月31日 東京都環境保全局)
ここでポイントは3つ。
- 玉川上水と井の頭の池は少なくとも昭和60年頃には接続されている
- 接続は双方向である。つまり、【玉川上水→井の頭の池】も【玉川上水←井の頭の池】もある
- 玉川上水側の施設としてコンクリートの構造物が存在する
現地を調べた結果、以下がこのコンクリートの構造物に該当する感じです。
草木が多く、対岸からは確認できませんでした。
しかし、以下の点で疑問があります。
- 既に現役とは思えない。まだ使えるのだろうか
- これが水路そのものだとすると、位置が高すぎて相当増水しないと使えない。その場合、井の頭の池の水位は相当低いので双方向には流せない。この下に本物の水路が隠れているのだろうか
推定経路 §
ここから井の頭の池の方に進むと、以前、井の頭の池への水路だろうか……と考えて追跡した場所に出ました。
漠然とした仮経路ですが、大ざっぱなイメージを以下に描いておきます。
現地で見た時は曲がっていたイメージだったのですが、地図上で線を引くと直線になってしまいそう。
注: 地図上のA点はあいまいです。B点も想像です。
残された疑問 §
- 接続水路は地上にあったとは考えにくい。地下なのだろうか
- 江戸時代からこの経路なのだろうか
- コンクリートの構造物の下部は具体的にどうなっているのだろうか
- 井の頭の池側にコンクリートの構造物に対応する何かの構造物があるのだろうか
いずれにしても、今の季節はよく見えないので、覚えていたら冬にまた行ってみましょう。