「前提から教えてくれ」
「劇場版宇宙戦艦ヤマトは、1977年に渋谷の東急文化会館(劇場名不詳)で見た思い出の映画であるが、いろいろと謎が多い。もう一度映画館で見るのも悪くないと思ったのだ」
「ヤマト2199を見たのではダメなのか?」
「全くダメだ。あれは【ヤマトと称するまがいもの】でしかない。もっとも、劇場版宇宙戦艦ヤマトですら既にまがいもの臭があったのは事実だがね。でも子供の頃の思い出の一部であったのは事実だ」
「理由はそれだけ?」
「実はULTRA HDブルーレイは劇場のみの先行販売なのだ。チケットを持っている人にしか売ってくれないがね。ついでに限定版を買うのも一興と思った」
「それは正解だった?」
「先取りして言ってしまうと正解だった。限定版のオマケは複製AR台本なのだが、当時のAR台本そのままの複製なので、切り貼りで作成していることも、台詞が修正された箇所は手書きで修正が入っていることも丸わかりで、凄く良い資料だ。これはゲットして良かったものだ」
「なるほど。それでULTRA HDの再生環境はあるのか?」
「ない。でも、そこはおいおい揃えて行こうと思っている」
「それまでは同梱のノーマルブルーレイでお茶を濁すわけだね」
「まあそういうことだ」
「では、始まりから話を始めてくれ」
前夜 §
「明日は土曜だから映画を見てもいいかと思っていたが、宇宙戦艦ヤマト4Kが始まっているので、それでも良いかと思った」
「他に見たい映画はあったの?」
「一応ゴジラとかゲゲゲとかトットちゃんとか確認したい映画は多い」
「それでどうしたの?」
「上映する劇場を調べて上映時間を調べたら、新宿だと新宿ピカデリーしかないことが分かったが。1日2回しか上映がなかった。しかも、1回目の10:40の上映は満席間近だった。そこで、そのまま座席を予約することにした。趣味にあった席すら選べない。席があるだけマシという世界」
「それで?」
「席はL-4だったので、ラグランジュ4からヤマトの旅立ちを見守った男と呼んでくれ」
「ぎゃふん」
「しかし、緊張しちゃったよ。席を前夜に確保しちゃったということは、翌朝はもう予定変更できないんだ」
「ふむふむ」
当日朝 §
「ともかく、劇場限定円盤を買うということは、どれぐらい早く行けば良いのか全く分からない」
「行列が分からないってことだね」
「そう。本当は販売開始時刻を調べてその時間に行けば良いのだろうが、それだと買った後の待ち時間が長すぎる」
「それも時間の無駄だね」
「だから上映開始1時間前を目処に行くことにした」
「ふむふむ。それでどうだった?」
「レジ2つで同じものを買っているらしい人が二組自分の前にいたが、彼らの片方の買い物が終わったらすぐ買えた。ついでにパンフも買った」
「パンフは買って良かった?」
「良かったよ、凄く気持ち良い内容だった」
「すぐ読んだの?」
「うん。あっという間に買えたら上映開始まで時間がかなりあったんだ。その間に読んだ」
「パンフのどこが良かった?」
「オリジナルの再現にひたすらこだわっている姿勢。新作の販促じゃないんだよ。これそのものが主目的でやってる」
「具体的に感動したのは何?」
「これ、宇宙戦艦ヤマトとさらば宇宙戦艦ヤマトの両用パンフだけど、実は腕がコクピットからはみ出している山本の絵が載ってるの。作画ミスを修正しないという強い意思が感じられてそこは良かった」
「君は、さらば宇宙戦艦ヤマトの修正が入ったブルーレイには不満だったわけだね」
「そうさ。不満だ。欲しいのは当時の記録であって誰かの解釈ではないんだ」
「で、パンフを読んでからどうした?」
「ロビーに人が増えてきた。空気を読まない知り合いが話しかけてきたらやだなあと思ったけど、そういうことはなかったので一安心だ」
「空気を読まないって?」
「ヤマト2199以降の話はしたくないと匂わせているのに、わざわざヤマト2199以降の話をしてくる人だよ」
「わざわざ旧作のネタを延々をやっているのに、そこでヤマト2199以降の話題で返そうとする人だね」
「ただ、新作っぽいムードは全く劇場の客達から感じられなかったので、ヤマト2199以降の新作のファンと、ここに集まったファンとは別の人種かもしれないと思った」
「まあ、新作のヤマトファンがここに来る理由は無いね。彼らは、旧作は完全にヤマト2199で上書きされて消えたという人達だ」
「というわけで、入場開始のアナウンスが入った。トイレに行って窓口に行こうとしたら凄い列ができていた。おいらは後ろに並んだけど、更に後ろに人が続いた。凄い勢いだよ」
「凄いね」

「でも新ピカのゲートの動線は設計ミスだと思うよ。下りエスカレーターから階段に行く動線とゲートに入るための行列が交差してしまう」
「ふむふむ」
上映開始 §
「予告編が終わって上映開始だ」
「最初に何を思った?」
「実は、真っ暗な画面でいきなり主題歌が始まって度肝を抜かれるのが劇場版宇宙戦艦ヤマトというものだが、東北新社とバンダイのロゴがその前に入ったのは興ざめだった。これ、映画の最後に持って来るとか何か対策は取れなかったのかな。せっかくオリジナルの再現にこだわった内容なのに、ここは残念だ」
「4Kリマスターはどうだった?」
「映像も音も完全にパワーアップして別物。遊星爆弾の透過光の美しさに感動していた昔を思い出したよ。音も素晴らしくて、いろいろな曲のベースの音を堪能できた。作画ミスも台詞のミスも全部そのままだから、昔のままの感触が戻って来たよ。たぶん、1977年の初回鑑賞に限りなく近いものを見られたと思う」
「他に何か気付いたことは?」
「実は、この映画は【この映画】として筋を通そうとしていたということが分かった。この映画は、沖田十三が主人公で彼が地球を救う映画なんだ。そして、沖田十三は古代兄弟というトラウマを持っていて、この二人に未来を与えるというテーマを背負う。だから、兄には【地球のために命を捨てる】という運命を取り除いて、スターシャとの愛の人生という新しい道を与える。弟には、サーシャの実質的な虚像である森雪を与えてカップルを成立させて、これで沖田十三の心残りはなくなる。そこで物語は終了する」
「ふむふむ」
「実は、守と進が兄弟という設定は中盤の佐渡の言葉までは開示されていない。古代守艦が沈むときの古代守が生きていることを願う台詞と相まって、実はこの映画の構成はスターシャ生存編=古代守生存編が正規ルートであることを想像させる」
「スターシャ死亡編は初回上映ではあるが、正当なルートではない?」
「スターシャ死亡編は、本来英語版の短縮ルートのイスカンダルであって、劇場版宇宙戦艦ヤマトでは本来想定されたものではないだろう、と思う」
「ではなぜ初回上映時に採用された?」
「たぶん上映時間の都合で短縮が要求されたので使ったのだろう、と推定する」
「他には?」
「実は、初回上映を見た時にはこの構成は不満だった。テレビシリーズの良いところがかなり切られているからだ。でも、今見ると筋を通すための必要なシーンだけをちゃんと残していることが分かって、むしろ【このシーンはなぜ残されてここにあるのか】を考える方が面白いと分かった」
「テレビシリーズのダイジェストとして出来が良いってこと?」
「そうではない。テレビシリーズはやはり古代が主人公なんだ。沖田十三ではない。だからちょっと違う話なんだ」
「じゃあ、沖田十三を主人公に据えたヤマト2199は劇場版をベースに考えれば正当と言えるのかい?」
「そうでもない。この話は、そもそもガミラスを滅ぼすことで愛に目覚める話だからして、ガミラスを滅ぼさずに愛に目覚めても話が迷走するだけだ」
「つまり、愛に目覚めたことの帰結として、森雪はスターシャに愛を選べと煽り、古代守とスターシャは愛に生きる選択をして話が完結するわけだね」
「そう。だからガミラス人と地球人の愛は失敗するが、イスカンダル人と地球人の愛は成就する。それで良かったね、という話なのだ」
「やはり、スターシャ生存編が正当な流れに見えるね」
「うむ」
上映が終わる §
「火星での【行こう】ひゅーん、も見られたことだし、ガミラスファイターの発艦シーンはないことに気付いたり、沖田の挨拶はちゃんと【ありがとう】ではなく【ご苦労だった】だったし、いろいろあったけど、まあ上映は終わった」
「それで?」
「すぐ席を立った人が結構いた。長丁場だからトレイに行きたい人も多かったと思うし、昼飯時を過ぎていたから腹が減った人もいるだろう」
「だからどうした?」
「ところが、引き続いてさらば宇宙戦艦ヤマト4Kの予告が始まったら立とうとしていた全員が椅子に座り直してみんなジッと画面を見ていたよ。本当にざわつきが消えてみんな静かになった。あれは凄い経験だ」
「えー」
「みんなの心は一つ。私の心は遙かに君たちに近いと思ったよ」
「それが結論かい?」
「映画館では時々、客の気持ちが1つになったと思える上映というのに遭遇するが、今回のはまさにそれだったな」