2003年08月07日
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文化、表現、コミュニケーションを破壊しかねない、カタカナ語の言い換え?

Written By: 川俣 晶連絡先

 分かりにくい意味不明のカタカナ語はやめよ、という議論があります。日本語の言葉を使えば誰でも分かるし、そもそも日本語には漢字を組み合わせて新しい言葉を作り出す能力があって、しかも既存の漢字の組み合わせで表現されていれば、知らない言葉でも意味を推測できる、というような話ですね。

 しかし、本当に、日本語に置き換えられるのか。置き換えたとして、それが適切な意味を伝えるコミュニケーション手段として機能するのか、という点に気を使っている人は多くないように見えます。

 そんなことを以前から思っていたのですが、こんな記事を見かけました。

無線LANで“時空自在”環境? ~国立国語研究所が外来語の言い替え案

https://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2003/08/06/55.html

 この記事が報道している対象は以下になります。

第2回「外来語」言い換え提案(中間発表)

https://www.kokken.go.jp/public/gairaigo/Teian2_tyuukan/index.html

 この記事では、「オンライン」を「回線接続」、「データベース」を「情報集積体」、「バックアップ」を「控え」、「ユビキタス」を「時空自在」、「ログイン」を「接続開始」とする言い替えなどを提案、と書いています。

 思わず、ずっこけるような酷い言い換えですね。特に、「ユビキタス」を「時空自在」というのは、言葉のトンチ遊びじゃないんだから、と思います。本当に真面目にやってるんでしょうかね?

 では、個別の言葉を見てみましょう。最初のオンラインという言葉を取り上げて検討してみます。回線接続、というと、何やら線が接続された状態をイメージしますが、実際には線が接続されていてもオフライン状態ということがあり得ます。回線接続というのは、onlineというよりも、line connectedな状態に近いかも知れません。さらに、提案のサイトを見ると、オンラインの使い方の手引きとして、「接続された回線を指す場合は「接続回線」という言い換え語が適切になる」ということも書いてありますが、「回線接続」と「接続回線」に異なるニュアンスを与えて使い分ける、というのは、素人相手にはかなりつらいような感じを受けます。更に、「定着に向かっている語だと思われ,「オンライン」をそのまま用いることにさほど問題のない場面も多いと思われる。ただし,分かりにくいと感じる向きもあり,言い換えや説明付与が望まれる場合も多い。」という言葉が書かれていますが、この場合、オンラインという言葉を「回線接続」に言い換えても、分かりやすくなるとは思えません。おそらく、分かったような気にすることはできるでしょうが、それが「線がつながっているだけの状態」と「オンラインの状態」の違いについての適切な理解を生むかどうかは、かなり難しいと思います。もしかしたら、これは概念の問題であって、概念を持たない人間にはどのような言葉で言い換えても、理解に達することは不可能である、と言っても良いのかも知れません。

 とはいえ、カタカナ語の言い換え論者は、全ての言葉は言い換え可能であるという宗教的かつ盲目的な信念を持っているように見受けられます。このような態度は、反コミュニケーション的です。日本国内ですら、コミュニケーションが上手く取れない場面が多いのに、更に反コミュニケーション的な態度を取ることは、建設的態度とは思いません。

 これは別の意味で言えば言語文化に対する敬意の欠落、言語文化の破壊とも言えます。たとえば、日本語には「雨」を示す言葉がたくさんあります。岩波国語辞典から引用すると、こんな感じです。

 小雨・豪雨・にわか雨・通り雨・夕立・雷雨・驟雨(しゆうう)・村雨・時雨(しぐれ)・長雨・霖雨(りんう)・宿雨・五月雨(さみだれ)・梅雨・空つゆ・春雨・秋雨・秋霖(しゆうりん)・霧雨・小糠雨(こぬかあめ)・煙雨・細雨・微雨・山雨・白雨・地雨(じあめ)・淫雨(いんう)・涼雨・冷雨・氷雨(ひさめ)・慈雨・涙雨・天気雨・雨脚(あまあし)・降り・本降り・吹き降り・土砂降り・小降り・お湿り・降雨・ひと雨・雨天

 これらの言葉はそれぞれ固有の意味を持っていて、安易に分かりやすい言葉に言い換えることは適切ではありません。たとえば、「村雨」という言葉の意味が分からない人が国民の中に多いから、これからは「雨」と言い換えよう、などとい言って、一律に言葉の書き換えを行うような行為は、明らかに言語文化の破壊でしょう。正直なところを言えば、「村雨」の意味は私もこれを書くまで知りませんでしたが、それでもこれを「雨」と書き換えるのには反対です。分からない言葉は辞書を引けば済む話であって、オレの分からない言葉を使うなという傲慢に結びつくものではありません。

 ちなみに、日本語への言い換えを伝統的に強要するものに、JIS規格というものがあります。これは、できるだけ日本語に言い換えるという方針を取っていて、言い換えられるものはカタカナ語で書くことが許されません。ですが、それで分かりやすくなったと言っている人は誰もいません。ただ単にJIS方言と呼ばれる、世間とは異なる異質の表記が生まれただけです。それでも、日本語にすべきだという人がいて、方針が強要されています。こういう経緯を見ると、「外来語の言い換え提案」の末路が、同じようになるという結末も、けしてあり得ないとは言えないかもしれません。

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2009年01月30日【毎日新聞】「ワーク・ライフ・バランス」「何だそれは」【カタカナ文化汚染】From: 1ドットの声にもギガバイトの魂

「ワーク・ライフ・バランス」(WLB)という言葉を上司の前で使ったら、「何だそれは」と言われた。 時代の最先端を走る(?)新聞社でさえこうなのだから、 世間における認知度たるや推して知るべしだろう。 ・・・・・・ 続きを読む

2006年03月20日トリアージとりあえずFrom: 富士茄子 二鷹も忘れず

意味のわかる言葉を使え! triage[トリアージ] ・・・負傷者の治療優先順位 続きを読む

2004年06月30日「オンライン」を「回線接続」、「データベース」は「情報集積体」という無理な言い換え案は消えた!?From: やせ我慢! オータム マガジン

以前、国立国語研究所の外来語の言い替え案のあまりに馬鹿馬鹿しい内容について文化、表現、コミュニケーションを破壊しかねない、カタカナ語の言い換え?として取り上げました。 どうやら、極端に馬鹿馬鹿しいも 続きを読む

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