2003年11月11日
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オープンソースの経済的側面

Written By: 川俣 晶連絡先

 これは思い浮かんだことをメモってみただけ、という文章ですので、内容が正しいのかどうかも一切保証ができません。また、厳密には正しくない文章も含まれています。

オープンソースとタダのソフトウェア §

 オープンソースの特徴の1つに、ソフトウェアを無料で入手できる、というものがあると思います。

 1円も払わなくても、ソフトウェアを入手して使用できるという状況は、昔からけして珍しい話ではありませんでした。そもそも著作権の意識が無く、誰もがソフトウェアをコピーしていた時代もありますし、Public Domain Softwareと呼ばれるカテゴリのソフトウェアもありました。パソコン通信の時代には、ソースは公開されていないが無料のソフトも多く見られました。劣化無く自由かつ安価にコピーすることができるデジタルデータとしてのソフトウェアは、無料で配布することが容易に可能であった、とは言っても良いと思います。もちろん、不法コピーも容易に可能というわけです。

 そこで出て来るのは、そもそもソフトウェアに対して金を取る行為が不自然だという考え方です。いとも簡単かつ安価にコピーできるものだから、自由かつ無料でコピーするのが自然だということです。

 しかし、容易にコピーできるというところから、ソフトウェアがタダであることが自然だとする考え方に行くことは、少し飛躍があるような気がします。

 というのは、本当にオープンソースのソフトウェアはタダなのか、という疑問があり得るからです。

ソフトウェア開発にはコストが掛かる §

 ソフトウェアの開発にはコストが掛かります。個人で趣味で作成したプログラムであっても、それにはコストが掛かっていると言えます。無一文では、プログラムを作ることはできないのです。コンピュータなどの設備一式にも金が掛かっているし、プログラムを組む人間が活動するためには食事も必要とされるし、服や作業する場所も必要です。それらには、実際に金が掛かっていると言えます。それは、実際にコストが掛かっていると意識されているかどうかは別として、ソフトウェアが生まれるためには必要とされたものです。

 たとえば、個人が、自分で稼いだ金で生活しながら、趣味で作成したソフトが無料で公開された場合、開発に要するコストは開発者自身が負担していると言えます。これによって、開発者が、利用者のリアクションなどを通じて、十分に満足するとすれば、これは問題ありません。

 では、開発者が学生で、親の仕送りで生活していると考えてみましょう。その場合、コストの負担者は、親ということになります。この親が、自分がオープンソースソフトウェアの開発のコストを負担している意識があるかというと、おそらく無いケースが多いのではないかと予測します。しかし、お金を出してソフトウェアを買うかわりに、彼が作成したオープンソースのソフトウェアを使う利用者は、有償ソフトを使っていれば負担していたはずの開発コスト(代金の一部)を、そっくりこの親に負担させたことになります。このように考えると、少し胸が痛む人がいるかもしれません。また、オープンソース開発者の親と、そうではない学生の親では、負担が公平ではない、という考えを持つ人が出てくるかも知れません。実際、これを不公平と見るかどうかは難しいところです。要するに、学生がどこかに遊びに行って金を使ったことと同じと思えば、特に負担を強いてはいない、と考えることもできます。

 別のケースを考えてみます。税金によって開発されるオープンソースソフトウェアというものも、実際にありそうです。公的な組織から、優秀な人材にお金を出す、という事例が実際にどれぐらいあるのか分かりませんが、そういうケースはあるように思います。

 その場合、オープンソースソフトウェアの開発コストは、その税金を納めた人々が負担していることになります。たとえば、国税を財源とする支援プログラムを通してお金が開発者に流れたとすれば、これは納税者がみんなでコスト負担をしていることになります。仮に、アメリカの税金で作成されたソフトウェアを日本人が使うとすれば、これはアメリカ人にコスト負担させたものに、日本人がタダ乗りしていると見ることもできます。日本とアメリカを逆転させたケースもあり得ます。もちろん、ソフトウェア開発を支援する価値は、コストの問題だけではないので、このような話だけでタダ乗りはけしからん、という話には直結しません。

 しかし、オープンソースの開発コストは、結局どこかで誰かが負担しているという状況があるという認識を持つことは可能と思います。

利用者が開発をコントロールする権利 §

 このような話をしてきたのは、次の疑問をここに書くためです。

  • このコスト負担構造に問題はないのか?

 より具体的に説明しましょう。

 有償のソフトウェアの開発は、基本的に利用者が払った代金によって行われます。実際には、ベンチャーキャピタルなどの資金源から資金を得て行われる場合もあるでしょうし、常にそうとは限りませんが。しかし、大ざっぱに言えば、利用者が払う金こそが、ソフトウェアの開発を支える基本的な資金源となると考えて良いように思います。

 この2つを比較した場合、開発コストの流れる経路が決定的に違うことが分かります。つまり、有償のソフトウェアの場合、実際に利用しているユーザーの存在が資金源となりますが、オープンソースではユーザー以外が資金源となります。

 この相違がどんな違いをもたらすのでしょうか。

 有償のソフトウェアの場合、そのソフトウェアを支持して使いたいと考える利用者が多ければ、自然のそのソフトウェアの開発を継続する資金が得られます。利用者が、こんなソフトはダメだと思えば、資金は断たれます。それに対して、オープンソースでは、利用者が使いたいと思うか否かとは連動しない形で資金が出てくることになります。たとえ、多数の好意的な利用者が何百万人いようと、開発者の親が「大学出たのだから、仕送りはもうしないよ」と言うだけで開発資金が断たれ、開発が中断してしまう可能性があります。

 もし、公的な資金を得て開発するのであれば、資金を出す権限を持っている人に好感を得ることが資金を引き出す条件になるかもしれません。そうすると、多くのベンチャービジネスがそうであったように、技術は無いが口は上手い人のところにお金が集まる可能性も考えられます。

 このような状況があるとしたら、はたして、それは好ましいことだと言えるのでしょうか?

 少なくとも、有償のソフトウェアであれば、利用者はお金を払うということを通じて、開発コストの流れに関与する可能性を持つことができていたわけです。しかし、オープンソースでは、その可能性を持つことができません。ある種の権利が奪われた、という見方もできると思います。

 そのような権利が奪われているとしたら、それは適切なことなのでしょうか?

 これに対する答の持ち合わせは、私にはありません。

ご注意 §

 この文章には結論もオチもありません。

 思い浮かんだことをメモってみただけ、という文章ですので、内容が正しいのかどうかも一切保証ができません。また、厳密には正しくない文章も含まれています。

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