2004年10月11日
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文章読解与太入門 『あなたは読んだ文章の意味を本当に読み取れているか?』

Written By: 川俣 晶連絡先

 文章を読む、ということは日常生活上、多く発生する作業です。特に、インターネット上をネットサーフィンしている場合、そこから得られる情報の表現方法として文章の割合は非常に高いものとなります。その文章を正しく読み取ることは、インターネット活用のための必須要件とすら言えます。もちろん、読者には誤読の権利というものがあって、間違った読み方をすることができます。しかし、文学作品ならともかくとして、何らかの実用的な情報を読み取ったり、他者の考えを知ろうと試みるのであれば、「誤読の権利があるのだからどう読んでも俺の勝手」という態度を取ることは適切ではありません。それは、何よりも反コミュニケーション的な態度です。

 とまあ、こういう話を書かねばならないのは、現実には驚くほど文章を読めていない人達が多いからです。

 そのような事例が向こうから飛び込んできたので、ここで1つ、文章はこのように読むものだという話を書きます。

対象とするテキスト §

 読み方を解説する対象になるのは私が10月8日に書いた以下のコンテンツです。

 これに対して、なんばさんのブログの以下のページからトラックバックが来ています。

 これを採用したのは、まさにタイムリーにそれが来たという運の悪さによるもので、なんばさんに悪意があるとか、責めようと言う意図ではありません。運が悪かったと思って諦めてください (笑。

 さて、この記事の最初で「川俣さんが大いに嘆いています」と書いていますが、これは上記コンテンツを適切に読めていないリアクションだろうと思います。

 では、どのように読めていないというのでしょうか。

 上記コンテンツを分析していきます。

Javaとチョコレート §

 ちょっと長くなりますが、以下に対象コンテンツの全文を掲載します。

 ちょっとショックだったこと。

 @ITのメルマガ「■9月のランキング結果は?/転職事例に学ぶ~@IT自分戦略研究所 Weekly」に以下のような記述がありました。

9月の人気ランキングの1位は、「Javaを捨ててでもWindowsを究めたかった」。多くのエンジニアがJavaを究めたい、Javaを勉強したいという中で、Javaの開発よりも学生時代から手がけてきたWindows系の開発をメインにしたい、という転職の決断。皆さんはどう思いましたか?

(強調筆者)

 まだ、世の中の主流は「Javaを究めたい」だったとはちょっとショック大。

 道理で私など世間様から相手にして貰えない訳だなぁ。

 と思いながらこんなことを書いていると、更にショックなことが追い打ち。

 体力が尽きた時に口に入れるために置いてあったチョコの箱が空になったと思って捨てようと思って箱を解体したら、中にまだ1個残っていた! 傾けても出てこなかったのでもう無いと思っていたのに……。

 追い打ちのショック大!

 ここで述べられている内容は、主に2つに分けられます。1つは、Javaに関する話題。もう1つは、チョコレートに関する話題です。

 この2つを分割してもう一度読んでみましょう。

 まずJavaの話題から。

 ちょっとショックだったこと。

 @ITのメルマガ「■9月のランキング結果は?/転職事例に学ぶ~@IT自分戦略研究所 Weekly」に以下のような記述がありました。

9月の人気ランキングの1位は、「Javaを捨ててでもWindowsを究めたかった」。多くのエンジニアがJavaを究めたい、Javaを勉強したいという中で、Javaの開発よりも学生時代から手がけてきたWindows系の開発をメインにしたい、という転職の決断。皆さんはどう思いましたか?

(強調筆者)

 まだ、世の中の主流は「Javaを究めたい」だったとはちょっとショック大。

 道理で私など世間様から相手にして貰えない訳だなぁ。

 この文章は最初に「ちょっとショックだったこと」で始まり、最後には「ショック大」「世間様から相手にして貰えない」という激しい言葉で終わります。

 この文章を読むと、「川俣さんが大いに嘆いています」という感想が生じるのも、ある意味で当然と言えるかもしれません。

 では後半の文章を見てみましょう。それは以下のようなものになります。

 と思いながらこんなことを書いていると、更にショックなことが追い打ち。

 体力が尽きた時に口に入れるために置いてあったチョコの箱が空になったと思って捨てようと思って箱を解体したら、中にまだ1個残っていた! 傾けても出てこなかったのでもう無いと思っていたのに……。

 追い打ちのショック大!

 またしても、「ショックなことが追い打ち」から始まり、「ショック大」で終わっています。文章の構造を見ると、前半の文章と同じであることが分かります。

 つまり、この文章は全体として、Javaとチョコレートに関する同じ構造の文章が反復されていることになります。

ここでおかしいと気付かなければ §

 確かに、同じ構造の文章が反復されています。

 しかし、この反復は明らかに違和感のある反復です。

 Javaの話題は、技術者の人生であるとか、業界の動向に関わる大きな話です。

 それと比較して、チョコレートの話は、極個人的な話題であるというだけでなく、書き手の人生にすらさしたる影響を与えません。

 この2つの文章が、同列に並べられ、構造が反復されているというのは明らかにおかしいのです。

 このような、明確に筋が通らない文章は、言語表現上、しばしば見られます。

 たとえば、とても嫌で泣きたいことがあったとき「嬉しくて涙が出るね」と言うような表現を使う場合があります。

 このような文章には、言葉の上に明確に出現しない別の意図が表現されています。そして、明確に筋が通らない文章は、そのような意図が存在するということを読者にアピールするために存在します。

 ですから、上記コンテンツに存在するおかしさは、書かれた言葉とは別の意図の存在をアピールしています。

では別の意図とは何だろう? §

 この文章では、Javaとチョコレートが等価の価値を与えられています。

 つまり、Javaに関して受けた「ショック大」とチョコレートに関して受けた「ショック大」は等価ということです。

 ここで、先にチョコレートについて検討しましょう。チョコレートがもう無いと思ったのにまだあった、ということを「ショック大」と表現することは、明らかに大げさです。つまり、この文章では、表現が実際よりも大げさであることが示唆されます。

 そのような示唆を元に、Javaに関する話を読むなら、この話も表現が大げさである可能性が出てきます。つまり、前半の文章だけ読めば「川俣さんが大いに嘆いています」という読める文章が、チョコレートの話とセットになることで、実は「大いに嘆いていない」という可能性が示唆されます。

全体としてどのような意図が込められているのか §

 Javaとチョコレートの文章を個別に検討するのではなく、これを1つのコンテキスト上にある2つの表現であると捉えてみましょう。暗黙的に仮定される俺コンテキストによってしか解釈できないことは、インターネット知の典型的な欠陥の1つである、という、嘘か本当か分からない話を過去に書いていますが、こんなに短い文章の中にもコンテキストは存在します。そして、コンテキストを見失う(あるいは最初から気付かない)ことは、文章をミスリードする最短コースと言えます。

 それはさておき、この文章のコンテキストは、Java→チョコレートという順番に進みます。軽重で表現すれば、重い話→軽い話、という順番に進みます。そして、軽い話を読んだ時点で、重い話と軽い話の構造が同じであることから、重い話も実は軽い話でしかない、という可能性が示唆されます。それによって、既に読んだ重い話の印象がひっくり返るかもしれません。この「印象がひっくり返る」という部分が、このコンテンツに込められた最大の見所、娯楽、楽しみと言えます。既に問題なく正しく読めたはずの文章の解釈がひっくり返るという表現トリック=エンターテイメントが、この文章に込められた最大の意図と言えます。

 もちろん、そのような解釈を意識的に頭の中に構築する必要はなく、読み終わった時にニヤリとできれば読者は著者の意図を正しく把握していることになります。文章の分析が読者に求められているわけではありません。

更に重層的な解釈も可能 §

 実は、もう1つのトリックがこの文章には込められています。

 既に述べた通り、Javaに関するショックが、チョコレートの関するショックと並列されることによって、見た目ほど大きなショックではないことが示されています。しかし、これは逆の解釈も可能です。実は、チョコレートに関するショックは、見た目ほど軽いショックではなかった、という意図が含まれています。たかが小さな菓子の箱に入ったチョコレート1個を見落とすというのは、「おいら、大丈夫だろうか」という不安を感じるのに十分ということですね。

 それは、個人的な立場で言えば(つまり私というコンテキストに立てば)、Javaの未来などよりもはるかに重い問題です。

オマケのケーススタディ §

 ついでなので、もう2つだけ実例をなんばさんの上記ブログ記事から取り上げて解説します。

 私の書いたコンテンツのタイトルは「Javaとは、未だに究めるべき夢溢れる対象であるのか?」です。そこには「夢」という言葉が出てきます。

 これに対して、なんばさんは以下のように述べています。

僕は Java が「夢溢れる対象」とは思いませんし、@ITの人が言う「Javaを究めたい、Javaを勉強したい」というエンジニアが Java に「夢見て」いるわけでもないと思います。たぶん Java なら「食っていけるから」「求められているから」ということではないでしょうか。

 引用元記事原文には「夢」という言葉は出てきません。これは筆者(つまり私)が、より適切に表現するために補った言葉です。

 では、この場合の夢とは誰の夢でしょうか。

 もちろん私の夢ではありませんし、これを書いた時点でなんばさんがトラックバックしてくるとは予測できませんから、なんばさんの夢でもありません。ここで夢を見る主体として想定されているのは、「究めるべき夢溢れる」という文章から、「究める」ことを意図した人であることが分かります。そして、引用元本文には「多くのエンジニアがJavaを究めたい、Javaを勉強したいという」という表現があることから、「究める」ことを意図した人とは「多くのエンジニア」であることが分かります。

 では、「多くのエンジニア」とは誰でしょうか。もちろん、全てのエンジニアを示しているわけではありません。そのことは、この文章が置かれたコンテキストを見れば明らかです。

 この文章は、転職に関するテーマに特化したメルマガに掲載されていて、引用文にも「転職の決断」という言葉が出てくることから分かる通り、転職のために技術を得る、ということがコンテストとして存在します。

 つまり、「夢溢れる対象」として書かれた「夢」とは、「私の夢はJava技術者として立派に転職することです!」というようなコンテキストで使われる「夢」であると言えます。ですから、「夢」=「食っていけるから」「求められているから」という解釈で何ら問題ありません。

 これは、暗黙に存在する俺コンテキストに依存して読むといかに文章の意図が読めないかという1事例と言えるかもしれません。

もう1つオマケのケーススタディ §

 以下は自分で頭をひねって考えたい人向けに、詳細な解説は付けないでおきましょう。

そんなわけで Java を究めたがってる人たちの多くは川俣さんが応援したいタイプの人たち(熱血系)ではない可能性が濃厚なわけで、川俣さん的にはあんまり気にしなくていいのではないかと。。。

 私には熱血系の人達を応援したい、という気持ちは全くありません。

 さて、どこで誤読が発生しているでしょうか?

参考資料:

まとめ §

 以上のような、何もかも分かったような解説を真に受けて全て信じ込んではいけません。

 もちろん、このコンテンツのタイトルに入っている「与太」という2文字を見落としてはいけない、ということです (笑。

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